白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


3  




「え? どうしました?」


持って来た本人はニュクスの視線に気付き、何かおかしな事があっただろうかと問い掛ける。スイーツビュッフェなのだから、スイーツを取って来るのは当たり前。更に言えばビュッフェなのだから、食べたいものを好きなだけ取って来るのも当たり前。寧ろ控えめに取ってきているニュクスの方がこの場では異端なのではと。自身が持って来た皿とニュクスの前に置かれている皿とを交互に見遣る。


「それ、全部食うのかよ」
「そうですけど?」
「絶対胃がもたれる奴じゃねえか」
「そんな事ないですよ。全然行けますし。まだ序の口ですよ?」


序の口。つまり、ジェレマイアは今持って来たものだけでなく、この後も更にスイーツを食べるつもりらしい。当然の様に言うジェレマイアに対し、ニュクスは再び『マジか』と呟いた。普段あまり食べるイメージの無い、どちらかと言えば小食なジェレマイアが。いくら好物であるとは言え、いつもの食事以上の量を食べるとは。良く甘いもの、デザートは別腹と言うが、これは別腹の域に入るレベルなのか。
信じられない状況に目が点になっているニュクスに対し、ジェレマイアは椅子に座りながらどれから食べようかと。皿の上に乗るスイーツ達をじっくりと眺める。やはり定番のケーキから行くべきか。それともさっぱりとしたゼリーから行くべきか。そうして暫く眺めた後に、ジェレマイアは一番手前にあった一口サイズのタルトへ手に取ったフォークを突き刺し、それを口へと運んだ。


「んーっ、美味しい!」


口の中に広がるクリームは滑らかでほんのり甘い。上等な砂糖とミルクを使っているのだろう。タルトの生地部分はサクサクしており、クリームと絡まって絶妙な食感と味わいを生み出している。タルトと言うだけで重いイメージがあったが、一口で食べられるそれは寧ろ軽く、何個でも行けそうな勢いがあった。
何度も噛み締め、味わい、飲み込んで。まだ一つ食べただけなのに幸せな気分に浸れた。甘いものは好きだ。美味しければ尚良い。そしてたくさん食べられるのならば、これ以上に嬉しい事は無い。
タルトを堪能し、今度はその隣にあった、これまた一口サイズのショートケーキにフォークを刺し、口に運ぶ。ふわふわなスポンジに、先程のタルトと同じ滑らかなクリーム、そして甘酸っぱい、小さないちご。それもじっくりと味わい、堪能する。


「本当に幸せそうに食うな、お前」


次はベリーのムース、その次はカラメルの掛かったプリン、更にその次は抹茶のロールケーキ。ビュッフェ仕様で簡単に食べられるサイズになっているとは言え、次から次へと食べて行くジェレマイアの姿を見て、ニュクスはぼやく様に言った。


「だってこれ凄いんですよ! あ、ニュクスくんも食べます?」
「いい」


フォークで器用に刺したミニマカロンを差し出して来るジェレマイアに、ニュクスは即答で遠慮する旨を伝える。本人は無自覚だが、これはいわゆる『あーん』と言うものではないか。恋人同士でやる様な事を、何故に今しなければならないのか。じと目でニュクスが見詰めても、ジェレマイアは気にした様子もなく『そうですかあ』と断られたミニマカロンをその儘自らの口へ運んだ。
それからも食べる手は止まらず、あれだけ積まれていた菓子の山は次々と攻略されて行き、あっという間に皿は空になってしまった。


「……何だってお前、そんなに甘いモンが好きなんだよ」


ふと、浮かんだ疑問を投げかけてみる。ジェレマイアの甘い物好きはニュクスには理解し難い。自分を含め、男は甘いものがそんなに得意ではないと思っていた。中には好きだと言う者もいるだろうが、それにしたってジェレマイアの熱愛っぷりには及ばない。


「何でって……何ででしょうね」


ニュクスの質問に、ジェレマイアははたと動きを止めて首を傾げる。言われるまで全く自覚がなかったとでも言う様に。口の中の菓子を咀嚼し、飲み込んで一息吐く。水分補給に水の入ったグラスに口を付け、半分程飲んだ所で思い当たる所があったのか、ぽつぽつと話し始めた。


「昔から甘いものは好きでした。僕の住んでいた村は超がつくド田舎で、食べ物もそんなに充実してはいなかったんです。砂糖なんかも、あんまり手に入らなくて」


ジェレマイアの出自について、ニュクスは詳しくは知らない。以前軽く話していたのを聞いただけだ。生まれは王国領の国境付近。彼の言う通り、田舎で、決して裕福とは言えない土地。どんな生活をしていたかは、語られる内容から何となく想像がつく。文明レベルも高くなかったのだろう。


「だからお菓子も貴重でした。ビスケットとかでも食べれるのは稀で、ケーキなんて滅多なことじゃ食べられませんでした」


この都市では当たり前の様に手に入るモノが、その村では手に入らなかった。当たり前の様に食べられるモノが、食べられなかった。当時の記憶を懐かしんでる様にも見えるジェレマイアに、ニュクスは僅かに目を細める。


「でも僕のお母さんは、僕の誕生日には必ずケーキを作ってくれました。美味しかったなあ」
「……ふぅん」


砂糖が手に入りにくいなら、ケーキを作るのは大変だっただろう。小麦粉やバターもあったか分からない。仮に作れたとしても、今此処に並んでいるスイーツの様に美味しいものが出来たとも限らない。そんな中でも、子供の誕生日の為に材料を調達し、ケーキを作る母親は、愛情深い人物だったに違いない。年に一度の楽しみを、目の前の男はどんな顔をして過ごしていたか。きっと、今の様に幸せそうにケーキを食べていたのだろう。家族の愛情。ニュクスには理解出来ないが、ジェレマイアにとってそれは掛け替えのない、大切な記憶だった。


「よぉーし、第二弾に行って来ます! ニュクスくんもどんどん食べて下さいね!」


少し昔を懐かしんで、ジェレマイアはお楽しみはこれからだとばかりに立ち上がる。第二弾と言う事は、また山の様にスイーツを更に盛って来るのだろう。制限時間の90分は、長いようであっと言う間なのだ。多分、きっと。彼にとっては。


――今度ケーキ買ってやるか。


特別なんて、分からないけれど。
ああして食べ物を幸せそうに食べる姿は、悪くない気がする。
意気揚々と駆けて行く相棒の後姿を見ながら、ニュクスはフォークに刺したケーキの一片を口へ運んだ。




prev / next

[ list top ]


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -