白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


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翌日。


「マジで女とカップルばっかりだな」


ジェレマイアに連れられて東エリアの街に来たニュクスは、目の前の店に並ぶ列の客の顔ぶれを見て思わず呟いた。
まだ開店前だと言うのに店の前には既に30人以上もの人が列を成し、待機している。並んでいるのは大半が若い女性で、その中に混じって恋人に付き合わされて来ていると思われる男性がちらほらといる。流石に、と言うべきか。野郎単体、或いは野郎のみで来ていると言う者達は見当たらなかった。


「ふんふん、みんな特別ケーキを狙っているんですね。まあ、そうでなくても普通に美味しいビュッフェなんですけど」


列の最後尾に並び、ジェレマイアは上機嫌に状況を語り、ニュクスは何とも言えない表情でそれを聞く。女性に混じって並んでいる男達の中で、自ら望んで来ている者が果たして何人いるのか。今は女の姿であり、ジェレマイアの彼女役として来ている身だが、己同様に付き合わされている男達をほんの少し哀れに思う。


「そんなに魅力的なモンか? スイーツって」
「魅力的ですよ? 少なくとも僕は食べると幸せになれます」
「はあ……」


わざわざ並んでまで食べたいものなのか。理解し難い状況にニュクスは眉を寄せるが、ジェレマイアは拳を軽く握り、力説する。その姿を見て、ニュクスはやはり理解できないと肩を竦ませた。
そうして何でもない会話を交わしている内に開店時間となり、並んでいた列が動き出した。店員が少しずつ客を案内して行き、数分と経たずにニュクス達も店内の席へと誘導された。


「時間は90分制で、出ているスイーツは何でも食べ放題。ドリンクも飲み放題です。好きなもの食べてくださいね」


店員の代わりにジェレマイアが店のシステムを説明し、準備は良いかとニュクスに訊ねる。


「それは分かったが、酒は無えのか?」
「ある訳ないでしょう。まだ昼間ですよ?」


アルコール類は無い。それが分かった瞬間、ニュクスは分かりやすい程がっかりした表情を滲ませた。甘いものは食べられない訳ではない。ただ、ジェレマイア程の甘党では無く、どちらかと言えば酒飲みの部類に入る身だ。酒があれば、甘いものだらけの空間でも多少は楽になれると思ったのだが。食べ放題ではあるものの、恐らく――否、ほぼ間違いなく量を食べられない。残念ながら元は取れなさそうだ。支払いはジェレマイアがするとは言え、申し訳ない様な気がしなくもない。


「それじゃあ行きますよ」


そんなニュクスの考えなど露知らず。ジェレマイアはおしぼりで手を拭くと席を立ち、スイーツが並べられている空間へスキップをしながら向かって行った。


「……食い物で幸せになれるって良いな」


先程のジェレマイアの言葉を思い出し、残されたニュクスはぽつりと呟く。人間、食べなければ生きて行けない。どうせ食べるなら美味しいものが良いに決まっている。それは分かるが、スイーツであそこまで必死に、熱心になれるものなのか。食のこだわりが無い訳ではないものの、ジェレマイアの考えはどうにも理解し難い。
それでも、取り敢えずこの場は取るものを取って食べてみようと。ニュクスも立ち上がり、先に行ったジェレマイアの後を追う様に歩き出した。
完全に出遅れてしまったため、既にそこには人だかりが出来ていた。小皿を手にした女性達がきゃあきゃあと歓声を上げながらそれぞれ好きなスイーツを取っている。その光景を見ただけでげんなりとするが、今はニュクスも女の身である。空気を読まなければこちらの方が浮いて見えてしまうだろう。致し方なしと。スイーツを取るための列に並び、流れに沿って小皿を取り、目の前に並べられているスイーツ達を眺めた。一口サイズのケーキとタルトだけで何種類とある。更に小さな器に入ったプリンやゼリー、クッキー、マシュマロ、アイス――良くもまあこれだけの種類を揃えたものである。スイーツビュッフェと銘打っているのだから、当然と言えば当然なのだろうが。正直なところ、どれを取れば良いのか分からない。しかし後ろを見れば己同様に並んで待機している女性達が数多くいる。あまり悩んでもいられない。
取り敢えず、甘すぎなくて、さっぱりとしていそうなものを取ろうと。ニュクスはシフォンケーキとゼリー、パンナコッタを皿に乗せ、ドリンクコーナーでコーヒーをカップに注ぎ、席へと戻って来た。ビュッフェなのにそれだけしか取らないのかと言われそうだが、そうだとしか言えない。これを食べて胸やけしなさそうならば、もう少し取りに行っても良い。調子に乗って最初からあれこれ食べれば、後で後悔するのが目に見えている。
当然、と言うべきか。ジェレマイアはまだ席に戻ってきていない。うきうきとした様子だったので、あれやこれやと吟味して持って来るに違いない。流石に一人で先に食べるのは気が引けた為、ニュクスは暫く待つことにした。


「あらら、先に食べてても良かったですのに」


待つこと数分。スイーツを選んで取るのにどれだけ掛かったのか。確かに何種類もあったが、ささっと選んで持って来れば良いのではないか。疑問に思いつつ目の前に座ろうとするジェレマイアを見上げ、そして驚いた。


「マジか」


彼の両手に持つ皿の上には、隙間を埋め尽くさんばかりのスイーツが乗せられていた。ケーキは全種類取ってきたのだろう。片方の更には色とりどりの、いかにも甘そうな塊が積み上げられており、もう片方の手にはゼリー等が入った小さなグラスが皿の上のスペースを最大限に利用し、綺麗に並べられている。
これを全部、一人で食べるのか。とてもじゃないが、自分では食べきれない。二皿の内の一皿――否、一皿の半分も食べれるかどうか。甘いもの好きだと言うのは分かっているが、限度と言うモノがあるのではないか。




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