白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


1  




「ニュクスくん、一生のお願いです!」


そう言ってジェレマイアは両手を合わせ、深く頭を下げてニュクスに懇願した。


「お前それ先月もやったじゃねえか」
「どうしても! どうしてもなんです!」


一生のお願いと言いながら、ジェレマイアは先月も同じことを言ってニュクスに頼みごとをした。その事実を指摘するも、ジェレマイアはそれでもと更に深く頭を下げた。
深夜の月桂樹。お互い仕事に区切りがつき、落ち着いたから食事をしようと言う話になり、揃って店を訪れた。何気ない会話をしつつマスターの手料理を楽しみ、全ての皿が空になった所で、ジェレマイアがニュクスに話を切り出して来た。どうしても自分に付き合って欲しいと。申し訳程度にあるプライドを捨て、ニュクスに全力の『お願い』をする。
これが仕事関係であれば多少は考えてやるところだが、何しろ今彼が頼んでいる内容は完全にプライベートのもので。更に言えばニュクスとしては苦手な分野である為、お断りをしたい所で。難色を示して見せるも、ジェレマイアは諦め悪く食い下がる。


「他にいねえのかよ」
「いたらとっくに頼んでます」
「ペインとかエンデとかいるだろ」


今回の頼みごとは女性でなければならないらしい。けれどそれなら別にニュクスでなくても良い筈だ。頼めるのが自分しかいないと言うジェレマイアへ、他の候補となりそうな人物の名を挙げてみる。どちらも共通の知り合いであり、それなりに面識もあって、ジェレマイアの頼みごとなら――内容によるが――引き受けてくれそうな者達だ。


「や……ペインさんは怖いしエンデさんと一緒だと軽い男に見られそうですし」
「お前な……」


それ本人達の前で言ってみろ。視線を泳がせ、名が挙がった二人は辞退すると言うジェレマイアへ、ニュクスは心底呆れ、こめかみ部分に手を添えながら溜息を吐いた。女性相手に失礼極まりない事を言っているが、果たして自覚があるのかどうか。自称でもフェミニストであるのだから、そこは多少なりとも我慢をすべきではないのか。


「と、とにかく。どうしても!ここのスイーツビュッフェに行きたいんです」


痛いところを突かれ、反論し辛い空気になったのを察したか。ジェレマイアは話を戻そうと自らのショルダーバッグの中から一枚のチラシを取り出し、ニュクスの前に広げて見せた。街中で良く配られている、手にしやすく、読みやすいサイズのチラシ。恐らく、東エリアのものだろう。横文字で書かれた店名の下に、今どきの女子が喜びそうなスイーツの写真が紙面いっぱいに載せられている。
スイーツビュッフェ。簡単に言えばケーキなどのデザート食べ放題。甘党のジェレマイアがいかにも好みそうなものだが、それだけならば別に彼一人で行けば良いだけの話である。何故ジェレマイアがニュクスを誘っているのか。その答えは、チラシの下部に小さく書かれたコメントにあった。


『カップルで来店された方には特別ケーキをサービスします!』


つまり、ジェレマイアはカップルで来た者のみ食べられるケーキを食べたいのだと。ニュクスはジェレマイアの目的とその為の手段を一瞬で理解し、露骨に渋い表情になった。ジェレマイアに彼女はいない。過去に何回かは女性とお付き合いをした事があるらしいが、大体数か月と持たずにふられ、終わっていると言う。今回は、ニュクスに彼女のふりをして付き合って貰おうという魂胆らしい。基本的にニュクスは男の姿だが、その気になれば女にもなる事が出来る。そうすれば、ジェレマイアとカップルを装うのも簡単だ。

だが。


「ここのケーキ本当に美味しいんです。もちろん、代金は僕が払いますしお礼もしますから」
「……お前なあ」


少々――否、大分やり方がずるいんじゃないか。そう突っ込んでやりたかったが、ジェレマイアはなりふり構わずと言った様子でニュクスに頼み込む。必死過ぎる。あまりにも必死過ぎる。何故にスイーツ一つにそこまでの拘りと執念を見せるのか。その情熱を、仕事の方にも向けた方が良いのではないか。
言ってやりたい事は山ほどある。断りたいが、この様子だと首を縦に振るまで食い下がるだろう。普段は豆腐の様に脆いメンタルで、少し凄めばすぐに怯んで諦めるのだが。彼は変な所で変な根性を見せる。今が正にそれだ。


「……仕方ねえな」


次の仕事を請け負うまで時間はあるし、お礼をすると言うのであれば一応は受けてやるか。スイーツビュッフェと言っても、せいぜい二時間程度だろう。食べる食べないは自由であるし、何なら飲み物だけで自分は済ませば良い訳だし。気が進まない所をニュクスは頭の中で無理やり納得させ、ジェレマイアの頼みを聞き入れる意思を示して見せた。


「良いのか?」


ニュクス達のやり取りをそれまで黙って聞いていたマスターが、ニュクスに本当にそれで良いのかと、確認する様に訊ねて来る。


「良いも何も、コイツこういう所はしぶといからな」
「やったー! ありがとう御座います! ニュクスくん大好き!」


マスターへ言葉を返す前に、ジェレマイアが遮る様にして歓喜の声を上げ、ニュクスに抱き着く。
心底嬉しそうではあるが、野郎に抱き着かれても此方は何も嬉しくない。今にも頬ずりをして来そうなジェレマイアを引きはがし、ニュクスは明後日の方向を見ながら溜息と言うには余りにも長い息を口から吐き出した。




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