白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


 ある夜  




「最強」と謳われる魔術師の力は圧倒的だった。
元々異端者と魔術師では相性が悪い。けれど、ナハトは自身の能力に絶対的な自信を持っていた。如何なる相手でも、己が操る重力の前では成す術も無く地面に倒れ、踏まれる為の頭を差し出す。そう思っていた。
それなのに、何故今この場で大地にひれ伏しているのは己なのだろうか。


「それで終わりかね? 奴隷商人」


一度は重力の前に膝を折った筈の男が、夜風に衣を靡かせながら近付いてくる。男の周囲には複数の陣が浮かび上がり、此方が少しでも抵抗すれば容赦無く攻撃を浴びせて来た。一体幾つの陣を仕込んでいるのだろうか。複数の魔術を同時に、しかも常に発動させ、更にそれを気付かれない様に隠した状態で平然としている彼の実力は、他の魔術師の追随を許さない。魔法使いでも、此処までの事をやってのける者は居ないだろう。


「化け物かよ、てめえは」
「異端者である貴公にそれを言われるのは心外だね」


魔術による攻撃を受け、満身創痍となっているナハトの前まで来た男は、睨み上げて来る眼差しに臆した様子も無く、ずれかけた眼鏡の縁を持ち上げる。レンズ越しに見える金色の双眸を綺麗だと思う間も無く、彼が持っていた本の角で頭を叩かれた。その力は然程強くは無かったが、受けた衝撃は傷だらけの身には大分堪えた。
初めは興味本位の接触で、次は純粋に商売の為の獲物とし、捕獲を試みた。王国出身の者が持つ珍しい毛色に、整った顔立ち。体つきはお世辞にも良いとは言えず、年齢もそれなりに行っていたが、それでも一部の者にはウケが良いだろうと。そうして深夜、人気の無い所で部下達をけしかけ、捕えようと思ったのだが。南エリアの住人でもないのに彼はそれなりに『慣れ』ていて。襲撃される事も予想していたのか、事前に仕込んでいたらしい魔術の『陣』で武装した部下達を次々に倒して行った。
部下達が無様に倒されて行く様子に、見かねたナハトが直接出向いたが、その結果がこれだ。何時もの様に己が操る重力で地面に縫い付け、捕らえようとして、重力をものともしない彼の魔術の前に敗れた。


「貴公に言いたい事は山ほど有るが、そこまで暇な身でも無いのでね。失礼させてもらうよ」
「……殺さねえのかよ」
「それこそ時間の無駄だ」


人殺しは好まない。そう言いたいのだろうが、帰って来た言葉はナハトの心の内に波紋を立たせるのに十分な威力を持っていた。屈辱だ、と思っている間にも、男は踵を返し、帰路に立たんと歩き出している。今一度重力を用い、足止めさせようかとも思った。
しかし、それを実行に移そうとして、ナハトは己の手が震えている事に気付いた。小刻みに震えるそれは、彼に対し怒り以上の恐怖を抱いているからか。先程展開された陣による攻撃を思い出し、全身の血が粟立つ。駄目だ。勝てない。勝てる気がしない。己の力では、彼には到底及ばない。


「……ッ、クソ野郎が」


男が暗闇の奥へ消えた後、ナハトは突き付けられた現実に歯噛みし、傷だらけの拳を勢い良く地面に叩き付けた。




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