白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


 花を散らす  




時は深夜。場所は中立都市の何処かにあるビルの一室。
部屋の中央に置かれたベッドの上に、ナハトとニュクスは居た。


「絶景かな、絶景かな……ってな?」


眼下で拘束されているニュクスを見て、ナハトは心底楽し気な笑みを浮かべる。
服を剥かれ、一糸纏わぬ姿にされたニュクスは両手は頭上で纏められ、頑丈な手枷によって拘束した上でベッドの支柱に固定されている。両足の間にはナハトが割り込み、自らの性器をニュクスの中に挿した状態――所謂、正常位。普段ならば、この儘よろしく致す所であるが。ナハトは挿入した状態で動かず、ただニタニタと笑い、ニュクスを見下ろしていた。絶景。その言葉通り、ナハトは今、ニュクスの身体を余すことなく眺めている。逃れたくても逃れられない状況。口惜しそうなニュクスの表情がまた、酷くそそる。


「今日はやけに静かじゃねェか、銀月。もしかして怖いのか?」


これからする行為が。『下書き』のされている下腹部へ手を添え、描かれたラインを撫で上げてやると、ニュクスは僅かに身を強張らせた。ハートの様な、子宮を意匠化した様な紋様。それはナハトに対し、余りにも反抗的で生意気なニュクスへ調教の一環――仕置きとして施されると言う。


「……ッ、んな訳ー―!」


からかう様なナハトの言葉に、ニュクスは咄嗟に反論した。
刺青と異なり、墨を入れず、傷を付けた際に形成されるケロイドを利用して描くアート。瘢痕文身(はんこんぶんしん)と呼ばれるそれは、麻酔無しでニュクスに施される事になった。普通の人間よりも痛みに強いニュクスなら平気だろうと思っての事だが、それでも直接体に刃を入れられれば痛いものは痛い。しかも、挿入された屈辱的な体制で施されるのだ。仮に痛みが無かったとしても、嫌悪感は拭えない。


「安心しろよ、綺麗に彫ってやるからよ」


そういう問題ではない。メスを片手に、嬉々とした表情で言って来るナハトに対し、ニュクスは歯ぎしりをしながら睨み返す。両手を拘束されていなければ即座に銃を出し、発砲するところだ。
ナハトは身を屈め、紋様が描かれているニュクスの下腹部に手を伸ばすと、躊躇う事なくメスの先端をその部分に押し込んだ。


「いっ……ぎぃ……!」


つぷ、と。皮膚が裂け、鋭い刃が食い込む。その儘紋様のラインにそってメスを動かせば、裂けた部分から血が溢れ、ニュクスの腹部を汚す。びくりと震えるニュクスの体を、ナハトは骨盤部分を押さえる事で出来るだけ動かない様にし、丁寧に切れ込みを入れて行った。


「あ、あ……あ……!」
「暴れンなよ。手元が狂っちまう」


無理を言うなと。反論しようとした声はけれど、腹部に走る鋭い痛みによって悲鳴に変わる。素早く切られれば痛みは一瞬だが、ナハトはわざと時間を掛け、ゆっくりとメスを動かして行く。更に、切れ込みを結んだ所でメスをピンセットに持ち替え、皮膚の一部をこれまたゆっくりと剥がさんと摘まみ、引っ張って来る。皮膚が体から剥がされて行く、細胞の一つ一つが千切られて行く感覚にニュクスは何度も首を横に振り、拒絶の意を示した。痛い、と。叫びたくなるのを堪えられたのは、この男に屈しまいとする矜持の力か。


「ひ、あァっ……!」


皮膚が剥がされた部分は赤く染まり、それ自体が模様となり、彩となる。剥がした皮膚は傍らのサイドテーブル上に置いてあるトレイに移し、ナハトは再びニュクスの腹部に切れ込みを入れ、皮膚を剥がした。少しずつ、だが確実に。描かれていた紋様は赤く変化して行き、完成へと近付いて行く。
切っては剥がす作業を繰り返し、どれ程経ったか。ようやく最後の皮膚を剥がし取り、真赤な紋様が出来上がった。腹部は溢れる血で真赤に染まっていたが、傷自体は浅い為、ニュクスの再生能力なら直ぐに止まるだろう。ピンセットで挟んでいる皮膚をナハトはまじまじと見詰め、何を思ったか、ニュクスが見ている前でそれを自らの口に放り込み、咀嚼して見せた。


「……っ!?」
「くっ……くく、やっぱりテメエはイイなァ。こんな欠片でも、すげぇ美味いぜ?」


一瞬、何が起こったのか分からず、ニュクスが目を見開く。ほんのひと欠片。それもほぼ皮膚だけだが、自分の身がナハトに食べられてしまった。しかもそれを、美味いと言って来るのだから、嫌悪感と同時に悪寒が背筋を駆け上がる。この男は、得体が知れない。本能的な恐怖に身は震え、無意識の内に下半身に力がこもり、中にあるナハト自身を締め付けた。


「嗚呼、おい。何締め付けてンだよ」


ひょっとして感じちまったのか?
ニュクスの中が自らの性器を締め付ける感覚にナハトは歪な笑みを浮かべ、羞恥を煽る様に顔を近付け、囁きかける。互いの吐息が触れ合う程の距離で言われた言葉に、ニュクスの顔には朱が走り、反射的に逃れようと身を捩る。


「……ふ、ざけ……ッ!」


何とか声を絞り出し、反論しようとするが、彼自身を締め付けた事実は変わらない。まさか、そんな。相手に己の身の一部を食べられた事に興奮しただなんて、有り得ない。認められない。
必死なニュクスの姿にナハトは喉を鳴らして笑い、片手を伸ばしてその頬に触れ、撫で上げる。可愛い。愛おしい。早く、此方側へ堕ちてはくれないか。その強情な態度が崩れて、ぐずぐずになりながら求めて来てくれたら。己に縋り、求め、淫らに腰を振る姿を想像するだけで堪らなく興奮する。


「イイぜ、この後たっぷり可愛がってヤる」


耳元で熱っぽく囁けばそれだけで体は震え、小さな悲鳴が上がる。
銀色のピアスで飾られた耳に舌を這わせ、感じる様を眺めてから。ナハトはピンセットをサイドテーブルに置き、溢れている血を拭うべく、白いガーゼを手に取った。




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