白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


3  




「……は?」


周りに居た男達も、急に動きを止めた男の様子に気付き、声を上げる。周囲にはひらり、ひらりと。何処から入って来たかも分からぬ小さな羽が取り囲む様にして舞い、床へと落ちて行く。その内の一枚がシトリーの中に挿入している男の頭付近を通た事で、その場にいた者達全員の視線がそこに注がれ、何が起こったのかを理解するに至る。


「な……」
「……っ!」


大きなカラスが一匹、男の頭に乗り、頭頂部を突いていた。否、突くなどと言う可愛い表現ではない。鋭い嘴で皮膚を裂き、頭蓋を砕き、中に納まる脳みそを突き出している。何時の間にやって来たのか。そもそも、普通の鳥ならば活動していない筈の深夜に、この屋内に何処から、どうやって。
有り得ない状況に呆気に取られていると、頭を突かれている男の背後から涼やかな声が聞こえて来た。


「私の片割れに、何をしているんだい?」


シトリーには聞き慣れた声。男達も恐らくは、知った声。そしてそれは、此処には居ない筈のもの。
馬鹿な、そんな筈は無いと。互いに顔を見合わせ、声のした方を見遣る。
薄暗い部屋の奥、入り口となっている扉の先から、人影がこつこつと靴音を立て、歩いて来る。周囲には無数のカラスを従え、やがてシトリーを囲む男達まであと数歩と言う所で立ち止まり、蝋燭の明かりの下、その顔を晒す。肩に止まるカラスの背を撫ぜ、微笑むのは、彼と同じ顔を持つ――


「……れ……ら、いえ」
「悪い事をする輩には、相応の罰を与えないと……ね?」


シトリーが掠れた声でその名を呼ぶと、呼ばれた本人――レライエは人差し指の先端を自らの口元へ持って行き、緩く首を傾げながら言う。罰。つまりそれは、シトリーを犯さんとしている者達全員の命を喰らう事。表面上は笑っているが、双眸の奥にある青は冷え冷えとしており、一切笑っていない。


「ひ、ひぃいいいいいいい!」
「逃がさないよ」


彼が此処に居るのは予想外。大体、今日は仕事で出掛けて不在だと聞いていたから、乗り込んで来た。男達は完全にパニック状態となり、頭を突かれている男を置いて我先に逃げ出さんと駆け出す。しかしその動きを読んでいたのか、レライエの背後にある暗闇から無数のカラスが羽ばたきながら現れ、逃げ惑う男達に容赦なく襲い掛かった。カラスは嘴や爪を使って男達の体を引き裂き、啄み、突いて少しずつ肉を削ぎ落していく。生きながら喰われて行く恐怖に怯え、中には命乞いの言葉を吐き出す者も居たが、レライエの耳には届かない。
やがて男達の体はカラスによって食い尽くされ、残ったのは床に散らばる大量の血と骨だけだった。


「嫌な予感がして戻って来たのだけれど……酷いねえ、これは」


男達の血肉を喰らい尽くしたカラス達が闇に還って行くのを見届け、レライエはシトリーの傍へと歩み寄り、屈み込みながら声を掛ける。大丈夫か、と訊ねる代わりに手を伸ばし、シトリーの手を床に縫い付けているナイフを引き抜き、解放してやった。ずぶ、と嫌な音と共にナイフが抜け、シトリーが顔を歪めたが、レライエは気にしない。それよりも、男達によって裂かれた腹部の方が気になった。


「……おそ、い……」
「悪かったよ」


助けた礼を言われるかと思ったが、シトリーの口から出たのは悪態だった。それを聞き、レライエは困った様に笑いながら謝罪の言葉を述べる。仕事はどうしたのかと言いたそうな表情には気付かないふりをし、レライエは倒れているシトリーの身を起こし、傷の状態を見る。掌の方はまだ良いが、裂かれた腹部からは未だに血が溢れている。失血の所為か顔色も悪く、早く処置をしなければ命に関わる。


「力仕事は苦手なのだけれど」


自力で立つ事は難しいだろう。そう思ったレライエは、シトリーの背中と膝裏に手を差し込み、力を込めて持ち上げ、立ち上がる。普段から非力だと言っている身だが、片割れの体を部屋まで運ぶ位ならば、何とか出来る。


「取り敢えず、傷の手当てをしよう。カノンを呼ぶから、薬草を貰って……嗚呼、傷の縫合が先かな?」
「…………」


これからどうするべきか。確認する様にシトリーに言う。意識はまだあるが、何時気絶してもおかしくはない。


「身体も汚れてるねえ……風呂に入ろう、と言いたい処だけれど。その傷だと難しいから……清拭するしかないかねえ」
「…………」
「それから、部屋に戻って、ベッドで休んで、仕事は休ませてもらって――」
「レライエ」


何時もより明らかに多弁な片割れの言葉を遮る様に、シトリーが声を上げる。その言葉を聞いて、レライエははっとした様にシトリーを見た。


「私は、平気だ」
「…………ッ」


今にも死にそうな顔をして、何を言っているのか。どう見たって平気では無いのに。下手をすれば死んでしまうかも知れないのに。自分を気遣っての事かも知れないが、そんな強がりがレライエには痛ましく見え、返す言葉に詰まる。


「……見栄っ張り」
「そう、かも……な」


何時もの様に返してやろうとして、やっと絞り出した言葉がそれだった。そして言い返す体力も無いのか、シトリーは僅かに口元を歪めて笑い、傷付いた手を持ち上げ、レライエの頭を撫でる。遠い昔、幼い頃。まだお互い根性が捻じ曲がっていなかった、純粋だった頃の様な、優しい手付き。掌から溢れる血でレライエの髪が汚れたが、今はその事で怒る気にはなれなかった。ただ、『馬鹿』とだけ呟くと、シトリーは撫でた手を下ろし、瞼を閉じて意識を手放す。


「…………」


どうして自分は、こんなに片割れに対し必死になったのだろうか。嫌な予感がして仕事を投げ、引き返したのも、帰って来て片割れが犯されている瞬間を見た時も。何故そんな『行動』に出たのか分からない。別に片割れに恋愛感情がある訳では無い。ただ相手を失う、それだけは何が何でも避けたい、阻止したいとは思った。けれどどんなに考えた所で、疑問に対する答えが出る事は無かった。
浮かんでは消える思考を振り払う様に頭を振り、気を失ったシトリーの体を抱え直すと、レライエは彼の傷の手当てをするべく、礼拝堂を後にした。




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