白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


1  




どうしてまたこんな事に。

誰に言うでもなく、心の中で叫び、ジェレマイアは頭を抱えた。
今彼が居るのは、南エリアの中でも比較的治安が良いとされている商店街。この時間帯は買い物客で賑わい、多くの者が通りを行き来している。何てことは無い、普段と変わらぬ日常風景。東エリアよりもいかつい者が多いが、特に気にする様な所も無い――普段なら。


「…………」


逃げたいと思った。この有り得ない状況から。
ズボンの下に穿いている『それ』がごわごわとして落ち着かない。否、それよりも先程から催している尿意が気になって仕方が無い。直ぐにでもトイレに駆け込みたいのに、与えられた制約の所為で叶わない。


――しにたい。


ジェレマイアは日常の中に紛れ込んだ、この絶望的な状況にそう思った。


「う゛ぅー……」


元はと言えばニュクスが悪いのだ。
何時か自分を辱めた、あの男。もう事は済んだと思ったのに、男はまたニュクスを捕らえ、人質にして自分に交渉を持ちかけて来た。交渉、と言えば聞こえは良いが、内容は完全に行為を強制する脅しだった。
ニュクスが捕まらなければこんな事にはならなかった。野郎だったら容赦なく切り捨てたのに、よりにもよって女の時に捕まった。その絶妙なタイミングに、思わず共犯してるんじゃないかと疑いそうになった。


『エレミアちゃんにはぁー、この紙のパンツをはいてもらいまーす』


その男は、嬉しそうに言いながら自分に大人用の紙パンツを差し出して来た。
子供なら分かるが、何故自分が。男が何を考えているのか理解できず、訝しむと、男はとんでもない事を口にした。


『それからー、街に出てー、おしっこをしてもらいまーす』


おしっこ。つまり、公衆の面前で排尿する。ふざけているのかと、声を荒げようとして、男が更に続ける。


『あ、大丈夫だよ。おしっこはパンツが吸収してくれるから』


違う、そう言う問題では無い。何が楽しくて、紙パンツをはいて街に出て、その中に排尿しなければならないのか。尿意の感覚が麻痺している老人とは違う。自分はまだ若く、排泄管理はしっかり出来ている。


『トイレに行っちゃ駄目だよ。ちゃんとパンツの中におしっこしてねえ』


ふざけるな。ぶっ飛ばすぞ。そう言ってやりたかった。ニュクスの事さえ無ければ、本気で実力行使に出るところだった。
しかし尿意は自然にもよおすものなのだから、意識しなければ街中でする等出来ないのではないかと。男に敢えて訊ねてみると、男はにたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、持て成し用にと出してくれた紅茶のカップを指さした。


『大丈夫だよー、エレミアちゃんの紅茶に利尿剤をたっぷり入れておいたから』


卒倒しそうになった。会って直接話をしたいと言うから男の元へ出向いたのだが、それが仇になるとは。
その後は、男の目の前で今はいている下着を脱ぎ、紙パンツをはく瞬間を見られると言う屈辱を味わった。上半身の着替えなら百歩譲って見られても良いが、下半身の、それも下着の着替えを何が楽しくて同性の男に見られなければならないのか。しかも男は興奮した獣の様な眼差しで終始ジェレマイアを見ていた。気持ち悪くて泣きたかった。無理。本当に無理。生理的に受け付けない。
全て片付いたら絶対にしばいてやろうと思いつつ、紙パンツを装着したジェレマイアは街に繰り出した。


「ひ、あ……」


特に何処へ行くと決めた訳でも無く、街の中を歩く。平静を装おうとしても足を動かす度に紙パンツの感覚が気になり、どうしても意識してしまう。
更に、仕込まれた利尿剤が効いてきたのか、歩いている内に強い尿意を感じ、それを堪えようと下半身に力がこもる。トイレに行きたい。トイレに行って、普通に排泄したい。無意識の内にトイレを探すが、男の言葉が脳裏を過り、絶望に打ちひしがれる。
目の前に公衆トイレがある。けれど今の自分は利用できない。本当に漏らすしかないのか。漏らして、今はいているパンツを濡らすしかないのか。大人として、人としてそれはどうなんだ。
近くの建物の壁に手を付き、膝を擦り合わせながら考える。出したい。出したいけど、出したくない。出すならせめて、人の尊厳を。


「あの、大丈夫ですか?」


そんな自分に、近くに居た女性が声を掛けて来た。通りすがりの見知らぬ女性。心配してくれたのだろう。気遣いは嬉しいが、今はまともに応える余裕は無い。


「あ、だいじょう、ぶです……」


だから、構わないで。引き攣った笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振る。すると女性は納得し切れていない様子だったが大人しく引き下がってくれた。
去って行く背中に申し訳ないと思いつつも、今の状態を説明する事は出来ず。仕方が無かったのだと無理やり自分を納得させる。


「……あ」


しかし、羞恥心だけで堪えるのは最早限界で。女性が去って行った事に安堵し、僅かに気が緩んだのを機に。必死に引き締めていた筈の先端から、少しずつ尿が溢れるのを感じ、ぞわりと全身の血が粟立った。ダメだ、堪えて。こんな所で出しては。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「や……ぁ」


嫌がる思考に反し、体は本能に従い、排尿を開始する。一度出てしまえばもう止められず、止め処なく溢れるそれで紙パンツの中がしっとりと湿って行く。


「あ、ああ……」


漏らしてしまった。公衆の面前で。気付かれていないとは言え。良い歳して、お漏らしをしてしまった。紙パンツのお陰でズボンが濡れたり、周囲に漏らしたのがばれる事は無かったが。言い様の無い絶望感が体を支配し、その場にへたり込みそうになってしまう。人の目が無ければ、泣いていたかも知れない。


「やだ、もう……やだ……」


言われた事は達成したが、嬉しくない。これで帰れると言っても、どの面下げて帰れと言うのか。
今すぐにこの紙パンツを脱いで捨ててしまいたい。けれど男にその儘帰って来いと言われている為、どうする事も出来ない。自分の尿で妙に温まった紙パンツが気持ち悪い。恥ずかし過ぎて、いっそ死んでしまいたい。そんな気持ちだった。


「ううう……」


それでも、ニュクスを助けなければ。
目に涙を浮かべつつ、ジェレマイアは尿の溜まった紙パンツをはいた状態の儘、男の元へ戻るべくとぼとぼと歩き出した。




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