白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


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「誕生日」
「あ?」
「誕生日、でしょう?」
「……、は?」
「だから、誕生日。自分で言ってたじゃないですか」


予想していなかった答えに驚く。誕生日。それは文字通り、その人の生まれた日。人々に祝福される日であり、確かにニュクスは以前ジェレマイアにクリスマスが誕生日であると話した気がする。


「いや、それは……」

けれど自分の出自は自分でも良く分からない。
何時だったか、その誕生日の話になった時に、誕生日に関する『それっぽい』記憶は無いかと聞かれた。
しんしんと雪が降る季節。寒い日だったが、温かな光に包まれ、心穏やかに過ごした。思い出そうとして浮かぶのは、朧げなそれだった。何時、何処で、誰と共に在った記憶かは、分からなかったが。そう答えると、ジェレマイアは『じゃあクリスマス。きっとクリスマスが誕生日ですね』と言い、流れでその儘決まった。安易な決め方だったが故に、今指摘されるまですっかり忘れてしまっていた。


「ほら、行きますよ。皆待ってるんですから」
「皆?」
「ええ。マスターはもちろん、キコさん、リュウトさん、あの双子も居ますし、教授も後から来るって言ってました」
「勢揃いじゃねえか」
「そうです。いっぱい来ますから、お店は貸し切りにしたんですよ」


だから早く行きましょう。そう言ってジェレマイアは急かす様にニュクスのコートの袖を引っ張る。ニュクスを探していたと言うのは、彼の誕生日のお祝いをする為の準備が整ったから。主役となる存在が居なければ始まらないから。そんな所か。
しかし、幾ら己の誕生日を祝う為とは言え、此処までする必要が有るのだろうか。ジェレマイアはサプライズ演出をしたかった様だが、他人の為にわざわざ数日前から準備を進めて来た、その精神には驚かされる。大切な相方だから、と。一言で言ってしまうのは簡単だが。ニュクスはジェレマイアのその行動に感心し、思わず苦笑した。


「……仕方無ぇな。其処まで言うなら行ってやるよ」


悪い気はしないし、嬉しくもある。けれど、決して嬉しいとは言わない。素直にそう言うのは、何だか気恥ずかしかった。
袖を引っ張るジェレマイアに促される儘、立ち上がる。周囲に居た筈の人の群れは、気付けば疎らになっており、何処からか流れて来るクリスマスソングがはっきりと聴こえる様になっていた。ジェレマイアは立ち上がったニュクスに対し、小さく笑って見せると、彼の手を握り、案内役になったつもりで引き、歩き出した。


「ちゃんと甘さ控えめのケーキも用意してますからね。ロウソクの火、全部消して下さいよ?」
「……どうだろうな」


一気に吹き消せる自信は余り無い、と。ジェレマイアの言葉に対し、ニュクスは冗談めかし、返してやる。
それからジェレマイアに案内され、月桂樹までやって来たニュクスは、促される儘その扉を開け、中へ足を踏み入れた。店内はクリスマスの飾りで彩られ、角の空間には小さなクリスマスツリーまで置かれている。全体的にキラキラとしているが、眩し過ぎず、幻想的で上品な雰囲気を醸し出している。流れているのは街中でも聴いた、定番のクリスマスソングだ。歌声は無く、インストゥルメンタルでジャズ風にアレンジされている。どれも今日の為に、マスター達が用意してくれたのか。
また、店内にはジェレマイアが言っていた通りニュクスと親交の有る者達が揃って席に座り、待っていた。キコ、リュウト、シトリー、レライエ、遅れて来ると言っていたユリシーズも其処に居た。マスターはニュクスの姿を見ると、漸く主役が来たとばかりに頷き、普段からニュクスの指定席となっている椅子に座る様、其処を指差す。
マスターに促される儘椅子へ座ると、ジェレマイアは当然の様に隣へ座り、何時の間に持っていたクラッカーを掲げ、声高らかに彼を祝う為の号令を上げる。


「はい、それじゃあ行きますよ。せーのっ!」


ジェレマイアの声に合わせ、周囲に居た者達も同じ様にクラッカーを持ち、糸を引いて店内に高い音を響かせる。パン、パン、と。弾ける音と共にカラフルな紙テープが宙を舞い、やや遅れてニュクス以外の一同が声を揃え、彼に向けて定番となっている祝福の言葉を投げ掛けた。


「Happy Birthday !!」


それが何回目のものかは分からない。本当の誕生日なのかも分からない。
けれど。こうして己を祝ってくれる、彼等の心意気は嫌いじゃない。此処数日の冷たい扱いも、今日の為だったと言うのであれば、許してやらない事も、無い。
クラッカーを下げ、マスターがニュクスにワイングラスを差し出す。祝杯のつもりなのだろう。彼の傍には年代物と思しきワインボトルが置かれていた。グラスを受け取ると、マスターがその栓を開け、ニュクスのグラスに注いでから、既に並べてあった、他の者のグラスにも順番に注いで行く。全て注ぎ終われば、其処に居る者達に渡し、乾杯の準備を整える。
乾杯の号令もジェレマイアがやるのだろう。周囲の人間に目配せをし、其々がグラスを掲げ、今一度声を揃える。


「乾杯――!」


嗚呼、祝福されると言う事は、こんなにも心地良いものなのか。普段から罵り合い、殴り合い、時に殺し合う様な関係の者達ばかりだが。彼等の笑顔を見ていると、心の奥がじんわりと温かくなる。今夜だけ。今夜だけは、この心地良さに浸り、楽しむのも良いかも知れない。
次々と投げ掛けられる祝いの言葉――とさり気ない罵倒――を聴きながら、ニュクスはグラスの縁に口を付けた。




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