白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


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中立都市、南エリア某所に有る広場。
待ち合わせスポットとして有名な其処には、誰が設置したのか中心に巨大なモミの木のツリーが立ち、煌びやかな飾りを付けた姿で訪れる者の目を楽しませる。
治安が悪い事で有名なこの南エリアだが、二十四時間、何時でも何処でも喧騒が起こっている訳では無い。地域は限られるが、こうして人々の憩いの場となっている所も少なからず存在する。
その日、広場は普段よりも多くの人間で賑わっていた。訪れる者の殆どは誰かと待ち合わせをしており、若い男女のカップルが引切り無しに行き交う。親子が連れ立って歩く姿も有り、寒い中にも温かな雰囲気が漂っていた。
ニュクスは広場の隅に設置されているベンチに腰掛け、その様子を茫々と眺めていた。仕事を終え、報酬を受け取った帰り。月桂樹に行こうと思ったが、気付けば其処に足を運んでいた。何処からか流れて来る、透き通った声で謳われているそれは聖歌だろうか。心地良い音色だが、歌詞は人々の声に紛れ、聴き取れない。
ある宗教の、神が生まれた日。人々は前日の聖夜より、各々の過ごし方でその日を楽しむ。仲間とパーティをする者、恋人と愛し合う者、大切な家族と食事をする者。勿論、中には聖夜等関係無く、普段通りに過ごす者も居る。ニュクスが正にそれだった。神の存在なんて信じていないし、何かと行事を一大イベントとして盛り上げるこの街の風潮が苦手だった。行事の、本来あるべき姿と言うものが有るのでは無いかと。無駄に騒ぐ人々を見ては疑問に思い、首を捻っていた。
目の前――ツリーの下にずっと立っていた女の元へ、若い男が走って来る。ごめん、待ったかい。ううん、大丈夫。来てくれたのね。そんな言葉を交わし、微笑み合う。恋人だろうか。腕を組み、人混みの中に紛れ、消えて行った。彼等はこれから二人で夜を過ごすのだろう。幸せそうな表情が印象的だった。否、その恋人達だけでは無い。直ぐ近くを通り過ぎた親子もそうだった。各々が大切だと思っている存在と共に居る。満ち足りた表情。


「…………」


何故だろうか。心の奥がちくりと痛んだ。羨ましいとか、妬ましいとか、寂しいとか。そんな事は微塵にも思っていない、筈なのに。
一人で居る事には慣れている。その事に不満を持った事は無い。それなのに、周囲の者達の幸せそうな光景を眺めるのが心苦しい。理由は分からない。ただ、人々の姿を見ているだけで、何とも切ない思いを抱いてしまうのだ。遠い過去、それこそ己が覚えていない記憶の中に、何か有ったのかも知れない。


「嗚呼、やっと見付けました」


心当たりの無い過去に思いを馳せていると、頭上より声が降って来た。その声で我に返り、はっと顔を上げ、其方を見遣る。何時の間に来たのだろうか。其処に居たのは、相棒であるジェレマイアだった。寒さの所為だろうか。随分と着込んで来ており、グレーのコートに黒いマフラー、手袋をし、全体的にもこもことしている。防寒対策は万全と言った様子だ。


「もう。何処行ったかと思えば……探したんですからね」
「探してた?」
「そうですよ。朝からずーっと。貴方を探してたんですから」


ジェレマイアの言葉を聞き、ニュクスが片眉を跳ね上げる。何故、今になって。少し前までは、己を探す処か、逃げる様に避けていた癖に。そう言ってやろうとして、ジェレマイアが何かを察したのか、両手をぽんと叩き、緩く首を傾げて来た。


「あ、もしかして拗ねてます?」
「拗ねてねえよ」


否、正直に言えば少し拗ねている。それもここ数日、誰に声を掛けてもそっけない態度を取られ、己を避ける様に距離を置かれたのだ。何故、構ってくれないのかと。今目の前に居るジェレマイアも、端末に連絡を入れても直接会って声を掛けても、普段よりも適当にニュクスの言葉を聞き流し、あしらって来た。そうされる心当たりは何も無い。喧嘩をした訳でも無く、此方が悪い事をした訳でも無く。何の前触れも無く、急に余所余所しくされて。面白くないと思わない筈が無い。幾ら一人に慣れている身とは言え、連日の様にそうされたのだ。少々――否、かなり寂しいと、らしくない事も思ってしまった。
そんなニュクスの胸中を知ってか知らずか、ジェレマイアはくつりと声を立て笑い、彼の横へと腰を下ろした。ベンチの縁に両手を置き、首を傾げた状態の儘、不貞腐れた様子のニュクスに訊ねる。


「今日、何の日か分かります?」
「クリスマスだろ。それがどうした」


分からないとでも思ったのか。寧ろ、街全体がそのイベントで盛り上がっていると言うのに分からないとなれば、それはそれで問題が有る。
冷たく返されたジェレマイアは僅かに苦笑し、ニュクスの――間違ってはいないが求めていたものとは異なる――答えに対し、軽く身を乗り出しながら問いを重ねた。

「どうもしますよ。まさか忘れちゃったんですか?」
「はあ?何の話だ」


何だか馬鹿にした様な態度が気に入らない。ジェレマイアは思わせぶりな言葉と共に笑みを浮かべ、ニュクスを見詰めている。ニュクス自身には本当に心当たりが無く、直ぐに答えを教えてくれないジェレマイアに対し、苛立ちを覚えた。


「えぇー?分からない筈無いでしょう?あ、もしかして惚けちゃってます?良いんですよー、そんな事しなくても」
「勿体ぶってんじゃねえよ。頭撃ち抜くぞ」
「ちょ、ちょ、ちょ、やめて下さいよ」


本気と取れる物言いにジェレマイアが焦り、両手を上げて制止する。既に手に銃を握りかけていたニュクスを落ち着かせようと必死になる様子に、軽い気持ちでやったのだろうと推測する。握りかけた手を下ろすと、ジェレマイアは安堵した様に溜息を漏らし、ニュクスに確認をする様に訊ねた。





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