白銀の狂詩曲【短編】 | ナノ


1  




嗚呼、なんて酷い日だ。
目の前にいる男を見て、ジェレマイアは片手で顔を覆った。
いかにも成金が好みそうな、悪趣味な装飾で彩られた寝室。そのベッドの上で、ジェレマイアは男に服を脱がされていた。


「あぁー、エレミアちゃん恥ずかしがってるの?可愛いねぇーとてもそそるよー……ふひっ」


恥ずかしいのもあるが、正直情けなくて泣きたい気持ちの方が勝っている。でっぷりと太った、頭髪の寂しい、不細工な中年男。脂ぎった醜い肉体を揺らし、ジェレマイアの服を脱がしつつ、体をべたべたと触り、弄っている。愛撫と言うには余りにも下手で、ぶよぶよした肉の感覚は気持ち悪い以外に表現のしようが無い。本人が言うには、数えきれない程の男を抱いて来たと言うが、それにしてももう少しスムーズに事を進められないのか。漸くベルトが外され、ズボンのジッパーが下ろされる。その音を聞きながら、ジェレマイアは泣きたくなる気持ちをぐっと抑えた。


そもそも何故男に抱かれる状況になったのか。それは遡る事、数時間前。
夕方になり、マスターの店へ行こうとしていたジェレマイアは、道中で見知らぬ男に声を掛けられた。彼はジェレマイアの事を知っているらしく、風使いや拒絶者と言った通り名では無く、親しい者にしか教えていない本名で呼んできた。その時点で既に怪しいと思っていたのだが、次に男が告げて来た内容に耳を疑った。


「旦那様が貴方を愛でたいと言っております」


愛でたい、とはどういう事なのか。聞き返すまでもなかった。ただ、何故自分なのかと。相方であるニュクスなら普段から様々な人間に声を掛けられている。ニュクスと違い、自分は至って平凡な見た目だ。髪や顔立ちが綺麗だとか、目が輝いているだとか、色彩が珍しいだとか。そう言う他人が目を引く様な要素は持ち合わせていない。理解に苦しみ、訝しんだ所で、男は更に続けた。


「風を纏い、多くの者を惹き付け、魅了しながら、その誰にも心を開かず、拒絶する。そんな貴方の姿に、旦那様は心を射抜かれたと」


はあ、そうですか。悪いですけど僕にはそう言う趣味は無いんで他を当たって下さい。臭い台詞を恥ずかしげも無く言う男に対し、冷たく返して横を抜けようとする。すると、男は行く手を阻む様にジェレマイアの立ちはだかり、手に持っていた端末の画面を見せて来た。


「此方が何か、お分かりになりますか?」


下手な脅しに動じるつもりは無かった。だが、端末に映っていたモノを見て、その場から動けなくなってしまった。暗がりの中、全裸で縛られ、目隠しと猿轡をされている相方。『彼』ならば――不快感はあれ――戸惑う事も無かっただろう。しかし映っている相方は『彼女』の方だった。何で、どうして。一体何が相方に起こったのか。


「大人しくご同行願えますね?」


混乱する自分を差し置き、男は淡々と、けれど有無を言わさぬ口調で促した。相方が何処で何をしようと勝手だ。事件に巻き込まれ、犯されたり殺されたりしてしまうのも、全て『彼』の自己責任だ。此方が気にする事では無い。
しかしジェレマイアは、『彼女』が囚われているという事実に言い様の無い不安が生まれ、戦慄した。野郎ならば放っておくところだが、端末に映っているのは間違いなく女の方で、男はジェレマイアが同行を拒否すれば代わりに彼女が愛でられる役にされると。抑揚の無い声でそう告げた。
結果、自他共に認めるフェミニストであるジェレマイアが、人質となった相方を見捨てられる筈も無く。言われる儘男に同行し、主人の屋敷へやって来た。そうして寝室らしき部屋に通され、今目の前の男に迫られている。


「エレミアちゃんが一晩付き合ってくれるだけで良いんだよおー?そしたら銀月ちゃんには何にもしないよおー?」


相方もどんなヘマをすればこんな輩に捕まるのか。問い詰めたい気持ちは有ったが、それより今は自分の事を心配するべきだと。ジェレマイアは頭を振り、思考を切り換える。


「あんまり大きな声じゃ言えないんだけど……ボクねぇ、勃たないんだ。だからエレミアちゃんの中には挿れないよお」


要らない情報だ。聞きたくなかった。否、犯されずに済むならばそれに越した事は無いが。
当然、と言うべきか、ジェレマイアは男性との性経験は無い。正直に言えば、女性との経験も無い。相方には良く喧嘩の際にネタにされる。ただ、これに関しては自分の半生を振り返れば致し方ない……と思わなくもない。近付く者は皆、自分が纏う風によって刻まれ、飛ばされる。拒絶者、と呼ばれ、力を制御出来る様になってからも、腫れもの扱いされて来た。


「賢いエレミアちゃんなら分かってると思うけどおー、ちょっとでも風を出したり、ボクを傷付けたりしたら、銀月ちゃんが大変な事になっちゃうからねえー?」


室内には監視カメラが設置されており、男とジェレマイアの様子は外の人間に見られている。恐らく、ジェレマイアが少しでも反抗的な態度を取れば、その時点で別の場所に居るだろう相方に何かしら危害が及ぶ。内容が何かは、考えるまでもない。嬲られ、犯され、玩具にされるか、殺されるか。端末の映像を見る限りでは、性奴隷にされると思って良いだろう。これは女の子を守る為の行為だ。一晩耐えれば、彼女は何もされないんだ。ジェレマイアは必死に自分に言い聞かせた。


「あぁー。エレミアちゃんのお肌すべすべー。腕も足も全部ぺろぺろしたいなあー」


だが、これが。これからが。男と過ごす強烈な悪夢の一夜になると。ジェレマイアは知る由も無かった。





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