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マスターから聞いたのは、IT企業の会社が王国の情報を帝国に売っている。それだけだ。その中で薬物の取引が有ると言う情報は一切入っていない。
どう言う事なのか。ニュクスとジェレマイアは互いに顔を見合わせ、考える。此処に保管されている薬物の量は個人が使うにしては多過ぎる。売買が目的ならば分からなくも無いが、それならばスパイ活動をする必要は無いだろう。スパイ活動と、麻薬。繋がる要素は一体何なのか。


「見たなぁー?」
「……ッ!」


二人の思考は、背後から聞こえた声によって中断された。まるで怪談話に出て来る、正体を知られた妖怪の様な一声。直ぐに男のものと分かったが、酷くしゃがれていて聞き取り辛い。その声に反応し、振り返れば其処には黒いスーツ姿の男が拳銃を片手に立っていた。そして、その両隣には男の護衛と思しき者達が同じ姿で同じ様に銃を構え、此方を睨んでいる。男は50前後だろうか。中肉中背で、白髪交じりの金髪に、銀縁の眼鏡を掛けている。初めて見る人物だったが、ニュクスとジェレマイアは覚えが有った。


「ニュクスくん、この人」
「嗚呼、間違いねえな」


今居る建物の、IT企業の社長。彼の情報はマスターが事前に洗い出してくれていた。その時に見た顔写真と、今目の前に居る男の顔は大体一致する。大体、としたのは写真の彼はふくよかで温厚そうな顔付きであったが、ニュクス達を睨む目の前の彼は頬が痩せこけ、顎は尖り、目の周りも落ち窪んで、その中心にある眼球はぎょろりとし、明るい室内にも関わらず瞳孔が開いている。薬物の摂取により、変わり果てた顔付き。写真の男と同一人物であると判ずるは、僅かに残る面影から。写真のデータは比較的新しいものであったにも関わらず、此処まで見た目が変化してしまっているのは、矢張り薬物中毒に陥ってしまったが為か。


「ここはぁー会社のトップシークレットだぁー。知られたからにはぁー、生きて帰す訳にはぁー、行かないぃぞー!?」
「……うわあ」


間延びした調子で紡ぐ言葉は、禁忌を犯した者へ対する厳罰を与えんとするそれ。緊張感に欠くのは、その話し方とニタニタ笑う不気味な顔の所為か。ジェレマイアは思わず声を上げ、眉間に深い皺を刻みながら退き気味にニュクスへ一瞥を送る。この様子だと、話し合いによる解決、とはいかないだろう。完全にらりっている。イカれている。薬物の摂取により、自分達の存在をまともに認識されているかも分からない。


「此処の薬は、全部アンタのか」
「そおぉーだぁー!ぜんぶぜんぶ私のだあぁー!私がかったんだあぁー!」
「……何処から買ったんです?」
「おぉしえなあぁーい!これはぁ私だけのものだあぁー!」
「ですよねー……」


それとなく聞き出す事が出来ればと思ったが、男は勢い良く首を横に振り、明確な拒絶を示す。しかし、全部買ったと自供した。全て自分のものであると、彼ははっきりと告げた。つまり、此処に有る薬物は全て男が自分の為に入手したものである。一人で摂取するには相当な時間が掛かる量。そして、その量を纏めて買うには、莫大な金が必要となる。幾ら企業のトップであったとしても、これだけの量を買い込むには、給料だけでは足りないだろう。
何となく、繋がって来た。ごく普通のIT企業であったにも関わらず、中立都市の規律を破り、王国の情報を帝国に売る危険な行為に走った。その原因が、この室内にある薬物にあるとすれば、納得が行く。如何な経緯があったかは知らないが、男が薬物中毒に陥り、薬物の為に会社の資金を使い込み、経営が立ち行かなくなった。己の欲望と、会社の存続。二つを両立させる為に、スパイ活動をしていたと。
そこまで仮定した所で、男達が持っている銃を一斉に向けて来た。男の、企業の秘密を知った者は、抹殺しなければならない。並々ならぬ殺意に室内の空気が張り詰めるのを感じた。


「あー……ニュクスくん、任せます」
「へいへい」


銃の撃ち合いならば、ニュクスの独壇場だ。ジェレマイアが加勢するまでも無い。彼の後方に下がり、万が一の時の為に周囲に風を起こしながら、これから始まるだろう『一方的な戦い』を見守る。


「俺に銃で挑もうなんざ、千年早ぇんだよ」




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