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外観からも或る程度予想は出来たが、建物の中は広かった。
監視カメラは無かったが、警備員が至る所に配置されており、遭遇する度にニュクスが殴って気絶させた。多少の犠牲は厭わない、と。マスターが言っていたが、最低限の武装しかしていない彼等を簡単に殺すのは気が退ける。南エリアに居る様な、凶悪な犯罪者であれば容赦はしないが、少なくとも彼等は東エリアで平和に暮らす一般人だ。無駄な血は流さないに越した事は無い。
迷路の様に入り組んだ内部を、端末に取り込んだ地図を頼りに、ひたすら進む。事前に得た情報によると、この建物は地下二階、地上五階建てであり、上層を会社の社長が自宅として使用しているらしい。会社として使用されているのは地下から地上三階までで、地下は殆ど使われていないと言う。一階はエントランスや会議室が多く、二階は一般的なオフィス、そして三階に目的である情報処理室――大型端末のある部屋が存在すると。


「此処か?」
「何か露骨に怪しいですね」


三階に続く階段を上り切り、少し進んだ所で、ニュクス達は他とは色の異なる扉を発見し、足を止めた。オートロックで施錠された、他よりも大きく、重厚な扉。解錠にはカードの他に複数の文字入力が必要らしく、扉の横に数字のパネルが並んだ機械が設置されている。


「……番号、分かります?」
「マスターが上手く抜き出してくれてたんでな」


裏口で警備員から借りた――基奪い取ったカードを機械に翳し、反対の手に自身の端末を握った状態でニュクスが解錠作業を行う。建物内で暗号化されている情報もマスターは掌握し、事前にニュクス達の為にデータ化して纏めて端末に送ってくれたらしい。このフロアに複数存在するオートロックの暗証番号、その一覧を端末画面に映し出し、睨み合いをする事、数秒。ニュクスが一致する番号を見付け、入力すると乾いた音と共に鍵が解錠された。


「はー……マスターって凄いんですねえ。知ってましたけど」


南エリアの情報屋の中でも優秀とされる、月桂樹のマスター。彼の確かな腕にジェレマイアは今更ながら感心し、溜息交じりに呟く。ニュクスはそんなジェレマイアを後目に扉を開け、中に足を踏み入れた。


「……ハズレみてえだな」


扉の横に有ったスイッチを押し、室内に灯りを点ける。中は思っていた程広くは無く、大きな麻袋や不透明なビニール袋が無造作に置かれ、積み上げられた倉庫の様な部屋だった。
部屋全体を見渡しても、情報のやり取りをしている様な機械は一つも見当たらない。目的の場所でないと知り、ニュクスが落胆の色を示す。わざわざオートロックの解錠をして中に入ったと言うのに、置かれているのは良く分からない袋だけ。書類が管理されている部屋等であれば、まだ探索のしがいも有っただろうに。


「次行くか、つぎ……」
「ねえねえ、ニュクスくん。これ何ですかね?」


この部屋に用は無いと、引き返そうとした所でジェレマイアに呼び止められる。ニュクスが彼の方へ視線を遣ると、ジェレマイアは傍らに有った麻袋の一つを開け、中に入っている物体を見せて来た。


「……あ?」


麻袋の中に入っていたのは、真白な粉だった。小さなビニール袋に小分けにして入れられており、見るからに胡散臭い。
中を見たニュクスは眉を顰め、その内の一つを取り上げ、封を開けて掌に粉を出し、乗せる。さらさらとした粉だが、小麦粉や薄力粉の類で無い事は明らかだった。
すん、と鼻を鳴らし臭いを嗅ぐ。特にこれと言った臭いは無い。ならば味はどうかと、小指に少量を付けて舐めてみたが、これも味は無い。完全なる無味無臭。味や臭いがすれば或る程度は分かると思ったが、今の状態では判断のしようが無い。けれどニュクスとジェレマイアは、それが何なのか大凡の見当が付いていた。鍵の掛かる部屋で、袋に詰められた白い粉。山積みにされているそれは、南エリアでは当たり前の様に見かけるモノ。


「ニュクスくん、こっちの袋にはこんなのが入ってました」


二人の予想は、ジェレマイアが新たに発見した物により、確信へと変わる。怪しいものは取り敢えず調べましょうと言う精神なのか。ジェレマイアは不透明なビニール袋を開け、中に入っていた物を無造作に取り出して見せた。入っていたのは、明らかに医療用のもので無いと分かる、新品の注射器。白い粉と、注射器。この二つが揃えば、素人でもそれが何なのか、考えなくても分かる。


「……薬、だな」
「ですよね。この部屋の全部そうでしょうか」
「そうだろうな」
「こんなに沢山……あれ、此処って麻薬組織だったんです?」
「いや、聞いてねえぞ」




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