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「あ、銀月さん!ジェレマイアさん!」


数日後。
仕事の下調べの為に東エリアを訪れていたニュクスとジェレマイアは、先日月桂樹で会った少女に声を掛けられた。良く晴れた日の午後、大通りを歩いて居た所だった。人が多く、その中で良く見付けられたと思ったが、少女は『とても分かり易い見た目だからすぐに分かりました』と。ニュクスのなりを指し、小さく笑った。真黒な服に、長い銀色の髪。日中の東エリアを歩くには、目立ち過ぎる容姿であると。その指摘を受け、ニュクスは意識したことが無かったとばかりに首を傾げた。


「そんなに目立つか?」
「そんなに目立ちます」


ジェレマイアの方を見遣ると、彼もまた『それなりに目立つと思います』と言わんばかりに頷き、肩を竦めている。日中に出歩くのが珍しいからだろうか。少なくとも、南エリアではその様な事を言われた事が無い。尤も、南エリアに居る者はニュクス以上に個性的な容姿の者達ばかりだが。
納得が行かず、唸るニュクスの姿が面白いとばかりに少女は暫し笑っていたが、やがて改まった様に姿勢を正すと、二人に向けて頭を下げた。


「この間は有り難う御座いました」
「いえいえ、大した事はしてませんから」


深々と頭を下げる少女に対し、ジェレマイアは気にしないで欲しいと、胸の前で両手を振る。
少女はあれからキコとペインの元に通い、治験者となる代わりに報酬を受け取っていると言う。キコが最初に紹介した臓器摘出の仕事は当分来そうに無いが、治験の方は常に需要が有るらしく、毎日の様に通っているのだとか。


「凄く助かってます」
「良かったですね」


危険な仕事に手を付ける事無く、彼女が望む収入が得られている。それは喜ばしい事であり、ジェレマイアは心底安堵し、笑みかける。治験の仕事の詳細は知らないが、少なくとも彼女の生活に悪影響が出ている様には見えない。ペインには未だ信用し難い所が有るが、キコの監視下にある内は大丈夫だと思って良いかも知れない。


「……なあ、何で金が欲しいんだ?」


やがて、少女とジェレマイアのやり取りを見ていたニュクスが、思い出した様に彼女に問いを投げ掛けた。少女が何故、普通の仕事では足りないと言う程の金を欲しているのか。彼女が月桂樹にやって来た時から思っている疑問。自分達の時間を削り、キコの所で仕事が見付かるまで彼女に付き合ってやった己等には、それを知る権利が有る筈だと。
ニュクスの質問に、少女は少し躊躇する様な仕草を見せた。言い辛い事なのか、けれど嘘を吐くのは悪いと思ったらしく、数秒の間をおいてからたどたどしく話始めた。


「……父が病気なんです。病状を抑える為には薬が必要だって。でもそのお薬は高いって……」
「薬?」
「はい。病気で苦しんでる父の姿がとても辛そうで、何とかしてあげたいと思ったんです」


それで、薬を買う為の金を欲したと。少女は困った様に笑いながら言った。
健気で、優しい少女だ。その薬の値段がどれ程のものかは分からないが、事情はそれなりに深刻な様だった。命に関わるものか。大切な家族であるなら、多少のリスクを背負ってでも助けたいと思うものだ。ニュクスには理解し難い内容だったが、ジェレマイアには家族の何たるかが分かる様で、納得した様に何度も頷いた。


「あっ、ペインさんと約束してた時間に遅れちゃう。私、行きますね」


腕にしている時計の時刻を見た少女は少し慌てた様子でニュクス達に言い、駆け足でその場を去って行った。


「いい子ですね。ちょっと無茶してる感じがしますけど」
「そう、だな……」


人混みに紛れ、消えて行く背中を見送りながらジェレマイアが言う。その横で、ニュクスは釈然としない様子で頷き、何か考える様に片手を顎に添え、視線を下へと向けた。


「……ニュクスくん?」
「いや、何でもねえ。仕事するぞ」


ニュクスの生返事に気付き、ジェレマイアがニュクスを見遣る。しかし、ニュクスは緩く頭を振り、今のは忘れてくれと言わんばかりに言葉を遮った。
そうして本来の目的を果たすべく、ニュクスとジェレマイアは再び歩き出した。




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