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「どんなお仕事ですか?」
「んっとね。簡単に言っちゃうとね、臓器の摘出作業のお手伝い。そんな頻繁に有る仕事じゃないけど、上手く事が運べばがっぽりだよ」
「……げえ」


あっさりと告げられる、しかし素人が手伝うには難の有る仕事にニュクスが思わず声を上げる。医療従事者が行うならともかく、年端も行かぬ少女にそれをさせると言うのか。グロテスクなシーンに耐性の有る己であっても辞退したい内容だ。隣で聞いているジェレマイアはその様子を想像したのか、口元に片手を添え、視線を逸らす。
聞けばキコが闇医者として格安の診察を行えているのは、臓器売買による収益が有るからだと言う。詳しい話は伏せられたが、南エリアの『どうなっても構わない』人間を『解体』し、臓器を摘出して東エリアの医療機関に売っているのだとか。


「一番高いのは腎臓かなー。心臓も良い値段で捌けるけど、この仕事タイミングが合わないとさっぱりなんだよね」


需要と供給のタイミングが合わないと、収入には繋がらない。それを聞くと、少女は困った様に眉を撓めた。利益が大きいのは魅力的だが、何時仕事が出来るか分からない。それでは困ると。直接口にする事は無かったが、表情で彼女が訴えたい事はその場に居る誰もが理解した。


「それか、治験」
「ちけん?」
「うん。お薬の実験台って言えば良いかな。ペインちゃんの新薬の治験者になって欲しいの」


自分の方に話が飛んで来ると思っていなかったらしく、突然キコに指名されたペインは一瞬驚いた様に瞳を見開く。


「ペインちゃんね、薬剤師見習いなんだ。元々薬草とかの知識がほーふで、おれも助けてもらってるの。ちょっと前から診療所の隣の空き家借りて薬局も開いてさ。診療所の仕事が無い時はそっちでお薬の研究してるんだけど」
「そのお薬の実験台になれば良いんですか?」
「そそ。危ないお薬は頼まないし、報酬もさっきの臓器摘出よりは落ちるけど、そこそこ稼げると思うなー」


悪くないと思うんだけど。紅茶を粗方飲み干し、カップの底に沈殿している砂糖をスプーンで掬い、口に運びながらキコが笑み掛ける。確かに先に候補として出た臓器摘出よりは現実的だ。危険な薬は試さないと言うのなら、体への負担もそう無いだろう。今の少女が請け負うには、うってつけと言える。


「どする?」
「ペインさんが良いのであれば……」
「私は構わないですぅ。お薬の実験に付き合ってくれる人、全然居ないのでぇ」


薬の研究が進むのであれば、願ってもない事だとペインは頷く。例の騒動から日は経っていたが、南エリア内での交友関係は未だ狭く、治験に協力してくれる者は殆ど居ないと言う。尤も、彼女が有能な薬剤師であったとしても、既に凶悪な殺人鬼のイメージが浸透している為、誰も近付かないのではと思うが。
ペインは少女の傍へ歩み寄り、『よろしくお願いしますぅ』と丁寧に頭を下げ、手を出して握手を求める。その謙虚な姿に、ニュクス達は以前見たハイテンションな彼女と同一人物とはとても思えないと。紅茶を飲み干し、溜息を吐く。


「決まりだねん」


少女がペインの握手に応じたのを確認し、キコが片手の親指を立てて見せる。取り敢えず、少女が望む仕事は無事に見付かった。後は彼女達の間で話が進められるだろう。ジェレマイアはそれに安堵し、小さく笑って見せた。


「今日はもー遅いから、詳しい話はまた明日にでもしよっか」
「あ、はい。そうして貰えると助かります」
「そんじゃ、ニュクスくん達この子をお家まで送ってあげてね」
「帰りもかよ」
「しょーがないじゃん。夜はぶっそーなんだから」
「そうですよ。女の子一人にはさせられません」


南エリアは特に危険。折角仕事が貰えたのに、帰りに何かあったのでは堪ったものではないと。キコはジェレマイアを味方に付け、ニュクスを諭す。


「……面倒臭ぇ」


護衛をするのも、護衛を拒否して非難されるのも、どちらも面倒臭い。
大体、今夜するつもりだった自分達の仕事の話は何一つとして進んでいない。先に予約していたのは其方なのに、どうしてこうなってしまったのか。ジェレマイアに突っ込んでやりたかったが、今の状況ではどうにも分が悪い。
ちらり、と。壁に掛けられている時計を見遣る。時刻は深夜零時。少女を送った後、月桂樹に戻って仕切り直すには、余りにも中途半端な時間だ。もう今夜は諦めるしか無いだろう。
様々な不満が燻る中、ニュクスは小さく舌打ちをすると、ジェレマイアと共に少女を自宅まで送るべく、診療所を後にした。




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