5

応接間に通された三人は、事前に用意されていた椅子に腰を下ろした。キコも当然の様に三人の向かいにある椅子に座り、『話はお茶が来てからね』と。蜘蛛女が茶を淹れて来るのを待った。


「毒とか入ってねえだろうな」


暫くして人数分のカップが乗った盆を持った蜘蛛女が現れ、テーブルの上に一つずつ、丁寧に置いて行く。良い香りのする、琥珀色の液体。見た目は何の変哲も無い、ごく普通の紅茶である――が、未だ蜘蛛女に対する警戒を解けずにいるニュクスは訝しむ様に眉を顰め、彼女の方を見た。


「は、入ってる訳無いじゃないですかぁ。疑うなんて酷いですぅ」
「どの口がほざきやがる」
「だいじょぶだいじょぶ。入ってないよー。入っててもニュクスくんなら大丈夫だって」


一体何を以て大丈夫だと言うのか。突っ込みたい気持ちを抑え、ニュクスはカップを手に取る。隣に座っている少女を見遣ると、緊張しているのか両手を膝の上に置き、軽く握った状態でキコや蜘蛛女の方を見ていた。


「あの、キコさん。彼女は……?」
「あ、ペインちゃんね。話すとちょっと長くなるけど、最近おれの仕事手伝ってくれる様になったんだー」


どうやら蜘蛛女の名前はペインと言うらしい。
ユリシーズに半殺しにされ、その時負った怪我を治す為に、暫くキコの元に通っていたのだと言う。そして怪我が完治する頃、南エリアで真っ当に――無法地帯で真っ当も何も無いとは思うが――生きていく為、仕事を探そうとして、キコから診療所の手伝いをしないかと誘われたのだとか。


「すっごい助かってるんだよねー」
「はあ……」


にこにこと笑いながら言うキコに対し、ニュクスとジェレマイアは互いに顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべる。今は大人しそうにしているが、元は南エリアと東エリアを騒がせた連続殺人犯だ。何時あの本性を現し、襲い掛かって来るかも分からない。けれどキコは全く問題ないと言わんばかりに彼女を傍に置き、身の回りの世話をさせている。肝が据わっていると言うべきか、それとも何も考えていない馬鹿なのか。ニュクス達には分からない。


「そろそろ本題に入っても良いか?」
「そだね。マスターから話は聞いてるよん」


蜘蛛女――ペインが此処にいる理由は分かった。未だ襲われるのではないかと言う疑問と警戒は解けないが、いざとなったらジェレマイアと共に応戦し、その脳天を撃ち抜けば良い。以前は不覚を取ったが、この狭い屋内ならば相手の動きも制限される。己も決して動き易いとは言えないが、其処はジェレマイアがフォローしてくれるだろう。問題が有るとすれば、キコと少女を巻き込んでしまうかも知れないと言う、その一点のみだ。
物騒な事を考えつつ、用件を伝えようとすると、キコは紅茶に大量の角砂糖を入れながら頷き、少女の方へと向き直った。


「手っ取り早くお金がもらえる仕事がしたいんだってねー?」
「は、はい」


どぼどぼと、紅茶の中に一気に投げ込まれる角砂糖が気になって仕方が無いが、少女はキコの問いに対し、正直に頷いて見せる。全て溶かせるのかと思う程の角砂糖を入れ、ティースプーンで混ぜると、キコはそのカップを手に取り、音を立てて啜りながら言った。


「一応ね、二つあるよ。きみでも出来るお仕事」
「本当ですか?」
「うん。一つはね、おれの手伝い。ちょーっと流血沙汰だけど」


仕事が有る。その言葉を聞いた途端、少女の目が輝く。しかし、流血沙汰と言う単語にニュクスとジェレマイアは不穏な気配を感じ、紅茶を飲もうとするのを止める。




[ 81/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -