3

「血……ですか?」
「このエリアで仕事を請け負おうってんなら、流血沙汰に耐性が無いといけねえ。ちょっと怪我しただけでビビる様なら、門前払いだ」


要は東エリアの平和ボケした人間では、このエリアの気風にそもそも合わない。最低でも、血を見ても平然としていられる根性が無ければいけない。マスターはそう言いたいのだろう。
少女は少し考える様に人差し指を口元に添え、黙り込む。


「多分、大丈夫だと思います」
「本当だな?」
「はい。頭がいきなり吹っ飛んだり、出てはいけないものが出ても少しは我慢できると思います」
「……三流よりはメンタルタフかもな」
「ほっといて下さい」


暫くして返って来た答えは、恐らく無問題だろうと言うそれ。断言されていないのが少し引っ掛かるが、その後に紡がれた言葉を聞き、ニュクスはジェレマイアよりも肝が据わっているかも知れないと呟く。対して、ジェレマイアは誰の所為で自分のメンタルが豆腐になったのかと、不満の色を隠そうともせずに言い、頬を膨らませた。


「なら、此処に行ってみろ。嬢ちゃんでも出来る仕事が有るかも知れねえ。俺から連絡を入れておく」


そう言ってマスターは手元に有ったメモ紙に或る場所の住所を書き、千切って少女に差し出した。少女はおずおずとそれを受け取り、記載された住所に目を落とす。
ニュクスとジェレマイアも興味を持ったのか、少女の後ろから覗き込み、マスターが少女を何処へ向かわせようとしているのかを盗み見た。彼女が出来る仕事が有りそうな場所。良く心当たりが有ったものだと、二人はマスターに感心した。流石南エリアを代表する情報通と言った所か。


「おい、此処って……」
「キコさんの所?」


しかし実際に書かれていた住所は、ニュクスもジェレマイアも良く知る者の住処だった。





「何で俺達も一緒に行かなきゃならねえんだ」
「仕方ないですよ。このエリアで女の子一人で歩かせるのは危険過ぎます」
「俺だって一人で歩いてるぞ」
「ニュクスくんは自衛出来るから良いんです」


診療所に続く、細く入り組んだ道を少女と歩きながらニュクスが不満を漏らす。
月桂樹でマスターからメモを受け取った少女は、直ぐにその場所へ向かおうとした。けれど治安の悪さに定評のある南エリアを少女が一人で歩くのは無謀であり、自殺行為であった為、マスターがニュクスとジェレマイアに同行を依頼した。最初は渋ったニュクスだったが、『か弱い女の子に一人で行けって言うんですか!?最低ですね!人でなし!ろくでなし!馬鹿!かば!』と。自称フェミニストであるジェレマイアの強く、理不尽な非難を受け、仕方なくついて行く事になった。
一応、己は男であり、女でもあるのだが。その事についてニュクスが指摘すると、ジェレマイアは例外だから問題ないとばかりにあっさり言葉を返して来た。確かにニュクスは異端者で、能力も銃を扱う強いものであるが。普段男の姿でいる事が多いが。それにしたって、もう少し気の利いた事を言ってくれても良いのでは無いか。複雑な思いを抱きながら、ニュクスは先頭を歩き、その後ろにジェレマイアと少女が続いた。


「さて、居ると良いんだが」


初見の者が入ればほぼ確実に迷うだろう道を慣れた様子で進み、やがて目的地である診療所へと辿り着いた。相変わらずなオンボロ診療所。灯りが点いている為、留守では無さそうだ。
呼び鈴を鳴らし、三人でキコが出るのを待つ。暫くして、ぱたぱたと乾いた靴音が扉に近付いて来た。ただ、キコのものにしては、随分と軽快な音だ。履物を変えたのだろうか。


「はぁい、どなたでしょうか?」


やがて扉越しに聞こえて来たのはキコの声では無く、やや高い女の声だった。何故、女の声が。ニュクスとジェレマイアは同時に顔を見合わせ、首を捻る。この診療所にはキコしか住んでいない筈だがと、疑問に思う間も無く、扉は開かれ、中から見覚えのある人物が顔を覗かせた。




[ 79/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -