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「……ッ!?」


唸る様な声と共に繰り出された攻撃を、上体を横に反らす事によって何とか避ける。その勢いに気圧され、バランスを崩しかけるも、何とか踏み止まり、ニュクスは攻撃を仕掛けて来た存在を見た。
先程の兵士達とは異なり、動き易さを重視した軽装備。体格は大柄で、両手の筋肉が異様に発達している。太さは、ニュクスの腕の倍は有る様に見えた。この腕で殴り掛かって来たのか。まともに喰らっていれば、肩の骨は折れていただろう。ギリギリの所で避けれた事に安堵するのと同時に、ニュクスは新たに現れた、明らかにそれまでの兵士達とは違う存在に苦い表情を作って見せた。


「生体兵器かよ……」


通常の人間よりも発達した筋肉に、理性を失った獣の瞳。言葉を発さず、ただ唸り此方を威嚇する姿は、彼の国が研究を進めている生きた兵器だった。様々な動物を被験体とし、殺戮の道具へと改造し、運用する。その中には人間も含まれており、犠牲となった者の数は計り知れない。
非人道的な実験の末に生まれた兵器達は並外れた身体能力を得るが、代償としてその殆どがかつての知性、理性を失い、国に良い様に使われ、捨てられると聞いた。
悍ましく、忌まわしく、哀れな存在。だが、今のニュクスにはそれについて深く考える余裕は無かった。目の前に立っている生体兵器より放たれる殺意に、冷汗が頬を伝い、落ちて行く。生体兵器としての「質」は余り良くない様だが、それでも脅威である事に変わりはない。本能の儘殺戮劇を繰り広げる彼等は、手加減と言うものを知らない。現在の立ち位置から、少しでも相手の接近を許し、捕まってしまえば勝ち目は無い。けれど、銃弾の一発二発で屠れる程の存在ではない。


「こ、殺せ!その不届き者を殺してしまえ!」


さあ、如何したものか。ニュクスが悩んでいると、少し離れた位置に居たリーダー格の男が生体兵器に命を下した。叫ぶ様に放たれた言葉にはっとし、銃口を其方へ向け、発砲する。
しかし、生体兵器の動きは予想以上に早く、弾丸の軌道を読み、その体格に似合わぬ俊敏な動きでニュクスへ迫って来る。ニュクスは咄嗟に距離を取ろうと地を蹴り、駆けながら持っていた銃を投げ捨て、両手に先のものよりも長大な銃身を持つ銃を生み出た。
焦ってはいけない。確実に仕留められる瞬間を狙わなければ、此方が逆に捕まってしまう。牽制の為に弾幕を張り、ニュクスは更に生体兵器から離れようと走った。途中、流れ弾が当たったのか、リーダー格の男の醜い悲鳴が聞こえた様な気がしたが、構っている余裕は無かった。生体兵器の恐ろしさは、過去に何度も経験している。辛酸を舐めさせられた回数も、少なくはない。


「くっそ、やり難い相手だなおい!」


一定の距離を取り、反撃に出たいのに、生体兵器はそれを良しとしない。牽制として放った銃弾の一部が足や胴体を貫いても怯まず、血走った眼差しは獲物であるニュクスの姿を捉えて離さない。せめてジェレマイアの援護が有ればとも思ったが、彼には依頼人の傍に居る様に言ってある。期待は出来ない。
思い通りにならない展開に、ニュクスの中に徐々に焦りが生じ始めた。銃弾の心配をする必要は無い。ただ、ニュクス自身の体力は少しずつ、だが確実に消耗している。この儘ではジリ貧だ。そろそろケリを付けなければ。
一か八か。ニュクスは銃撃の手を止め、持っていた銃を宙に放り投げた。すると、生体兵器はそれを好機と判断し、真っすぐニュクスに向かい走って来た。
生体兵器との距離は出来るだけ近い方が良い。ただ、引き付けすぎると捕まってしまう。チャンスは一瞬、一回のみ。人の姿を取りながら、人ではない速さで駆け、迫って来る姿に緊張し、全身の血が粟立つ。


――まだ、だ。まだ。もう少し。


互いの距離がどんどん狭まって行く。緊張のせいか、脈打つ心臓の音が頭の中で重く響く。しかし、それに気を取られている場合では無い。
ニュクスは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出しながら空手を握り、その中に新たな白銀の銃身を生み出した。先程のものよりも口径の大きな銃口を生体兵器の頭部へ向け、そっとトリガーに手を掛ける。


「……吹っ飛びやがれ!」


無防備な獲物に嬉々とし飛び掛かる生体兵器へ狙いを澄ませ、ニュクスはトリガーを引き、発砲した。
放った銃弾が狙うのは、生体兵器の頭部――即ち脳。如何な生き物でも、頭部を破壊してしまえば活動を停止する。そして、其処を狙うのであれば、銃弾は単発より複数有った方が良い。ならば使用する銃は口径の大きな「これ」しかない。威力は普段得意としているものよりも劣るが、距離が或る程度近ければ十分だと。
そう思って取った行動だった。
ニュクスが放った弾は、確かに生体兵器の頭部に直撃した。発砲音の直ぐ後に、肉が潰れた様な鈍い音がし、赤黒い血が宙を舞った。その中に脳の一部と思しき物体が僅かに混ざっており、それを視認する事で、ニュクスは狙い通りの展開になった事を確認し、口元に笑みを浮かべた。
だが。


「……――ッ!!」
「な、にっ!?」


頭部を狙撃され、行動不能になったと思った生体兵器は、倒れるどころかその儘ニュクスの眼前へと迫り、太い腕で彼の首を掴んだ。予想していなかった行動にニュクスが戸惑う間も無く、生体兵器は首を掴んだ状態で後方の地面へその身を押し倒した。


「い゛ッ……ぐぅ!」


背中を強かに打ち付け、痛みで息が詰まる。直ぐに手を付いて身を起こそうとするも、生体兵器はニュクスの上に跨り、見た目通りの剛力と体重で彼の身を地面へ縫い付けた。ぎりぎりと首を絞め付ける行為に抵抗しようとニュクスは銃を捨て、両手で腕を掴み、爪を立てる。確かに頭部には重大な損傷を与えた。それでも活動を停止せず、己を殺さんとする生体兵器の本能と、自らの詰めの甘さに歯噛みした。
首を絞める力が徐々に強くなっていき、同時に気道を塞がれた事による息苦しさに意識が混濁する。何とかして引き剥がそうと抵抗し、暴れてみるも、体勢が悪く、力の差も歴然としており、如何しようも無い。
嗚呼、また殺されてしまうのか。それも理性の無い獣同然の生体兵器に。また暫く、眠らなければならないのか。ぎちぎちと締め付けられ、最早窒息するのが先か、首の骨を折られるのが先かと言った状況で、ニュクスが諦めかけた、その時だった。


「ニュクスくん!」


離れた所から聞こえたジェレマイアの叫びに、ニュクスの意識が現実に引き戻される。はっとし、声が聞こえた方向へ視線を向けようとした所で、空を切る音がした。
一迅の風がニュクスの真上を吹き抜けていく。自然に生まれたものではない風の姿を見た後、既に銃撃を受け、ボロボロになっていた生体兵器の頭に赤い横線が幾つも走った。ぴ、と引かれた線達が鮮やかだと思った瞬間、その線の上がずれ、ニュクスの顔の上にぼとりと落ちた。



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