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その日、月桂樹には珍しい客が居た。
最初に訪れたのはジェレマイア。相棒のニュクスと仕事の打ち合わせをする為に、指定の時間よりも早めに店に入り、カウンター席へ座る。
それから程なくしてニュクスも到着し、指定席となっているカウンターの端に腰を下ろす。
此処までは何時もの光景。珍しい客は、彼等が酒と料理を注文して直ぐに、現れた。


「取り敢えず、下調べから始めないといけませんね」
「今手元に有る情報が少な過ぎるからな。洗い出さなきゃならねえ事が……」


マスターが注文を受けた品を作る為に冷蔵庫から材料を取り出し、水道で洗い、まな板の上に並べる。その様子をカウンターを挟んで眺めながら、今回請け負うつもりの仕事について話そうとした。丁度その時だった。
からんからん、と。店のドアベルが鳴り、店内に来客を知らせる。時刻は夜の七時。そろそろニュクス達以外の客が顔をやって来る時間だ。大学の講義を終えたユリシーズか、酒目当てのリュウトか。或いは仕事前の葬儀屋の面々か。


「あ、あの。ここでお仕事を紹介してくれるって聞いたんですけど」


けれど次の瞬間、店内に響いたのは鈴を転がした様な可愛らしい声だった。
ニュクスとジェレマイアがほぼ同時にそちらの方へ振り返ると、半分開いた扉から一人の少女が中の様子を伺っていた。ふわりとした金色の髪に、青い瞳。素人が見ても上等な素材を使っていると分かる、清楚感の有る服。歳は十代半ばと言った所か。
先程の声に、この見た目。絵に描いた様な美少女であったが、それ故に、この場では浮いていた。


「……嬢ちゃん、来る場所を間違えて無いか?」


場違いな人物の登場に、ニュクスとジェレマイアは驚き顔を見合わせ、マスターは冷静に少女へ問い掛ける。此処は中立都市の中でも物騒で、最も危険な場所とされている南エリアだ。ならず者が昼夜問わず其処彼処におり、弱肉強食が基本である。か弱い少女が一人で出歩ける様な土地では無い。無論、中には『訳あり』で強かに生きている者も居るが、ごく少数だ。そして、今目の前に居る少女がその例外に該当している様にはとても見えない。
治安の良い東エリアで平穏な暮らしを送っていそうな、世間知らずのお嬢さん。その時店に居た三人の少女に対する印象は、共通してそれだった。


「わ、私、お仕事がしたいんです」


少女はマスターの問い掛けに首を横に振り、明確な目的を持って店を訪れた事を告げた。その答えにマスターは僅かに目を細め、ニュクスは間の抜けた表情となり、ジェレマイアも困惑の色を滲ませる。確かに此処、月桂樹では訪れた客に仕事の仲介を行っているが、彼女の様な人物が来たのは初めてだ。店内のルールさえ守れば誰であろうと仕事の仲介は出来る。しかし、護衛も居ない少女が一人で仲介を求めて来た例は無く、マスターを含めその場に居る者全員が困惑し、返す言葉に悩んだ。
そんな僅かな沈黙の隙に、少女は店内に足を踏み入れ、丁寧に扉を閉め、カウンターに近付く。ジャズ音楽が流れる中、軽い足取りで歩いて来る少女の姿は優雅で、それだけで育ちの良さが分かった。そして、その所為で三人は更に困惑した。


「私にできるお仕事、ありませんか?」


カウンターに着き、そこに有るスツールへ腰掛ける事はせず、立った儘少女がマスターを見上げる。その眼差しは真剣そのものだったが、やはり来る場所を間違えているとしか思えない。少女がこの南エリアで出来る仕事等、殆ど無いだろう。仮に有ったとしても、命の危険が伴うものばかりになる筈だ。


「おい、何を勘違いしてんだ。此処はお前みたいなガキが来る場所じゃ無えぞ」


間近になった少女を見遣り、ニュクスが声を掛ける。それは少女の身を案じてのものだったが、口が悪い所為で少女を責め立てている様にも感じられる。勿論そんなつもりは無かったのだが、ニュクスの言葉に少女はびくっと肩を震わせ、恐る恐るニュクスの方へ視線を向けた。




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