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それからジェレマイアは言われた方角に向かって走った。
獣道を走り、凹凸の激しい地面に何度も足を取られ、時に転倒し。至る所に擦り傷を作りながらも何とか森を抜け、草原に出た。空を見上げれば、丁度太陽が西へ沈もうとしている所であり、目指すべき方角は直ぐに分かった。ただ、既に疲労困憊の状態であり、体力の限界だったジェレマイアにとって、最後の道のりは非常に長く、過酷に感じられた。幸い、と言うべきか。追手は彼女が言った通り食い止めてくれているらしく、追われる恐怖こそ無かったが。


「……生きてるんですかねえ、あの人」


草原を駆け抜けた先に有ったのは、中立都市。其処でジェレマイアは、北の魔女と呼ばれる女性に保護された。一体如何な手段を用いたのか。魔女はジェレマイアと彼女の事情を知っており、何も言わずに受け入れ、都市に住まわせる為の手続きをしてくれた。此処まで来れば、もう大丈夫。君を追っていた人達は入れないからと。その言葉通り、都市に入ったジェレマイアを脅かす存在は何処にも居なかった。
しかし、後から行くと言っていた彼女は何時まで経ってもジェレマイアの元に現れなかった。ジェレマイアは何度も彼女の行方を訊ねたが、魔女は知らないと言い、ただひたすら待たされた。一ヵ月、半年、一年、数年。魔女の庇護下で暮らしながら、結局彼女が姿を見せる事は無く、月日は流れた。その間にもジェレマイア自身、情報を集めたり都市を出て探したりもしたが、手掛かりとなる要素は何一つ見つからなかった。
もしかしたら、捕まって殺されてしまったのかも知れないと。思わない事も無かったが。同じ風の加護を受けた彼女が簡単に死ぬとも思えず、漠然とした思いを抱きながらジェレマイアは今日まで生きていた。


「何時か、会えると良いんですけど」


あれから十年以上経っている。当時は風の力を抑えるのに精いっぱいだったジェレマイアも、今では南エリアでも有名な魔法使いだ。気弱な性格は変わらずだが、それでも幾らかの自信と度胸を持ち、相棒であるニュクスと共に仕事をこなしている。
今の自分を見たら、彼女は何と言うだろうか。立派に成長したと褒めてくれるだろうか。それとも、相変わらずだと笑うだろうか。何れにしても、再会する事が出来たなら、ジェレマイアは彼女に言いたい事が有った。あの日、あの時言えなかった感謝の言葉。彼女が居てくれたから、今の自分が此処に在る。その事実は変わらない。
風の様に気紛れだった彼女と、いつか、どこかで。秘めた願いを口にする代わりに、首に下がる羽飾りのペンダントを握り締める。その瞬間、頬を撫ぜる形で柔らかな風が吹いて行った。優しく、穏やかな風。それは初めて彼女と会った時に見せてくれた、あの風を彷彿させた。


「うん、生きてる。きっとあの人は、生きてる」


言い聞かせる様なそれは、願いにも似て。独り言と称するには少々大きな呟きを残し、ジェレマイアは帰路に就くべく風を纏い、空へと飛び立った。




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