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訳も分からず彼女に手を引かれ、ジェレマイアは森の中を走っていた。
途中、武装した男達が追いかけて来たが、それを見た彼女は彼等に風の刃を繰り出し、近付かせる事無く倒して行った。彼女と出会ってからそれなりに長い月日が経って居たが、人に向けて放つ風を見たのは初めてだった。かつて制御出来ず、他人を傷付けていた自分の風と似ている。けれどそれは明確な殺意を持っており、的確に敵となる存在へ牙を剥く。
その光景を見た事で、ジェレマイアは風の――魔法の恐ろしさを改めて認識する事となった。奇跡と称される魔法は、自然の脅威と同意であると。世界を構成する要素に対し、人は余りにも無力であると。そして、その力を宿す魔法使いが畏れられるのにも納得が行くと。


「あーっ!本っ当にしつこい奴等。動くモノはみーんな殺すつもりかな!?」


もう何度目かも分からぬ追手を倒した所で、彼女が苛立ちを隠さず声を上げる。村を離れ、森の中を走って随分経つが、自分達を追う存在は未だ絶えない。一体どれ程の軍勢があの村を襲撃したのか。皆殺しでも命じられているのか。執拗に追い掛けて来る存在に対し、心底鬱陶しいとばかりに彼女は溜息を漏らした。ある程度村から離れれば、諦めてくれるものと思ったが。中々どうして、彼等は執念深い。


「あ、あの……休んだ方が……」
「休んだら追い付かれて終わりだよ。それは出来ないね」


走るだけのジェレマイアに対し、彼女は走りながら何度も追手と交戦し、蹴散らしている。更に獣道にもならない道をひたすら走り、疲労は大分蓄積していた。肩で息をしている姿を見て、ジェレマイアが休憩を提案するが、彼女は首を横に振り、拒絶する。休みたい気持ちは有ったが、それを追手が許してくれる筈も無く。走る事を止めれば、直ぐに追い付かれてしまうだろう。そうした場合、ジェレマイアを守りながら何人居るかも分からない敵を倒すのは非常に難しい。


「つっても、そろそろ限界かな……」


しかし、体力が何時までも持つ訳では無い。ジェレマイアはまだ走る気力が有る様だが、彼女の方は歩くのも辛い状況だった。
此処まで追い込まれるとは思わなかったが、仕方無い。この様な形で離れる事になるのは予想外で、残念である。そんな思いを抱きつつ、彼女は徐にジェレマイアの正面に立ち、屈み込む。
一体どうしたのかと、ジェレマイアが訊ねるより先に、彼女は荒い呼吸を交えながら話し始めた。


「良く聞いて。この道をずーっと真っ直ぐ行けば森を抜ける。そうしたら、広い原っぱに出るから、太陽の沈む方角に向かって更に走って。長い距離だから大変かもしれないけど、原っぱを越えれば、君を助けてくれるヒトが居るから。そこまで頑張るんだ」
「……え」
「このまま二人で逃げてると、疲れた所を襲われちゃう。わたしが奴等を食い止めるから、きみは先に逃げるんだ」
「で、でも……」


つまり、追手を撒く為に、二手に分かれる。そう言う事か。けれど、此処から先は一人で逃げなければならない。その事実にジェレマイアは困惑し、不安げな面持ちで彼女を見上げる。
既に訳も分からず逃げて来た。突然村が襲われた理由も、自分達を殺そうとしている追手の存在が何かも、ジェレマイアには分からない。そんな中で、今度は彼女と離れ、一人で逃げろと言うのだ。戸惑わない筈が無い。
ジェレマイアの言いたい事が分かったのだろう、彼女は困った様な笑顔を見せ、申し訳無さそうにジェレマイアの頭を撫でる。説明をしてやりたいのはやまやまだが、兎に角今は時間が惜しい。
背後より聞こえる追手の声を聞き、其方へ向かって風を放つ。不可視の鋭い刃は真っ直ぐに鬱蒼とした空間に消え、暫くしてから『ぎゃ』と醜い悲鳴が上がった。その声を聞きながら、片手を自らの懐へ差し込んだ彼女は、未だ納得出来ずに居るジェレマイアへ羽飾りの付いたリングが下がる紐を取り出した。


「これ、あげる。お守りだから、ちゃんとつけててね?」


風の加護が宿ってるの。そう言って、彼女は紐をジェレマイアの首に掛け、ペンダントとして付けてやった。紐が少し長いのは、大人が付ける事を想定して作られた為か。胸元では無く、鳩尾部分にリングが揺れるのを見て、彼女は小さく苦笑する。本当なら、もっと良いものを別れの餞別としてやりたかったが、生憎今はこれしか渡せるものが無い。
ジェレマイアの首にペンダントを付けたジェレマイアは、上体を起こし、数歩下がって離れる。それを見たジェレマイアが彼女と離れるのが怖いとばかりに手を伸ばすが、彼女はそれを取る事無く、代わりに行くべき道を指差し、言った。


「さ、行って。わたしも後から行くから。全力で走るんだよ」


出来るよね?
微笑む彼女の、有無を言わさぬ姿にジェレマイアはただ頷く事しか出来なかった。




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