8

それは彼女が村に来てから二度目の夏を迎えようとしている時だった。
ジェレマイアの村に、突然帝国軍が攻め入って来た。元より国境付近にあり、何時戦火に見舞われてもおかしくはない地であったが、村人達はまさか周囲に森しか無い、ドの付く田舎が侵略される事は無いだろうと、誰もが警戒せずにいた。そこへ何の前触れも無く、武装した兵士達が押し寄せて来たのだ。他の村や町と異なり、自衛団の様な組織が存在する訳でも無く、村は瞬く間に蹂躙され、兵士達は略奪の限りを尽くし、至る所に火を放った。
この時村の者達は知る由も無かったが、帝国の軍隊は領地拡大の為、積極的に国境付近の村を攻めていた。どんなに小さな村でも見逃さず、攻め落として自分達のモノにしろと。軍の上層部は命じており、兵士達は無抵抗な者にも容赦無く襲い掛かった。王国の人間は女子供構わず皆殺しにしろ、金になりそうな物は全て巻き上げろ。それは無慈悲で残酷な、帝国らしいやり方だった。


「お父さん!お母さん!どこ!?どこにいるの!?」


今朝まで何事も無く過ごしていた村が、炎に包まれている。森で遊んでいたジェレマイアは、戻って来た先で広がる惨状に愕然とし、両親の安否を確認せんと一人で自宅の有る場所へ向かった。


「お父さん!お母さん!ねえ、どこ!?返事して!」


ごうごうと燃え盛る炎の中、やっとの思いで辿り着いた其処に、ジェレマイアの家は無かった。生まれた時からずっと暮らしていた、二階建ての小さな家。それは真赤な炎に包まれ、近付く事すら出来ない状態だった。とてもでは無いが、中に立ち入って両親を探す事は出来ない。何故、どうして。突然こんな事になってしまったのか。燃えた木材が崩れ、中で落ちるのを見ながらジェレマイアは茫然とその場に立ち尽くした。


「帝国軍、か……まさかこんな辺鄙なトコにも来るなんてね」
「……っ」


何時までそうして見ていただろうか。不意に耳に届いた声を聞き、はっと我に返る。何時の間に来ていたのか。振り返った先――ジェレマイアの背後には、彼女が厳しい面持ちで立っていた。


「ど、どうしよう……村が、みんなが……」


今この場に居るのは自分と、彼女しかいない。両親は勿論、村の住民が何処に居るのか分からない。そしてこの状況で、自分は何をすれば良いのか分からない。『外』の人間の事を、そもそも良く知らない。ただ穏やかに日々を過ごしていた村が襲撃される理由は何なのか。『外』から来た彼女なら何か知っているのでは無いかと。訊ねてみようとしたが、言葉が上手く出て来ない。
動揺するジェレマイアに対し、彼女は酷く冷静だった。まるでこうした場面が初めてでは無い様な、過去に何度も経験している様な、そんな雰囲気を醸し出していた。厳しい表情は変わらず、ただ、その中に怒りとも悲しみとも取れる色が混ざっているのを、ジェレマイアは確かに見た。


「逃げるよ」


間を置き、呟く様に、一言だけ。告げられた言葉の意味が理解出来ず、ジェレマイアが困惑する。返す言葉に悩んでいると、彼女がジェレマイアの手を取り、強く握った。


「え、え……?」
「此処じゃない、遠くへ逃げるよ。このままだと君も私も殺されちゃう」


アイツ等は略奪と虐殺の限りを尽くす。淡々と語られる内容は、幼いジェレマイアには良く分からなかったが、彼女の浮かべる表情から危機的状況であると言う事は嫌でも分かった。


「で、でもお父さんとお母さん」
「悪いけど、探せない。行くよ」


もう手遅れである。彼女には分かっていたのだろう。ジェレマイアの父親と母親は、もうあの殺戮集団の餌食となってしまったのだと。そしてその陰惨な光景は、ジェレマイアに見せられないと。
戸惑うジェレマイアの腕を引き、彼女は森へ向かい、駆け出した。




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