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「アレ、どうしたの?ドコか具合悪い?」


初対面故に、多少の警戒はされるだろうと思っていた。しかし、ジェレマイアの反応は些か過敏であり、彼女は不思議そうに転がったサンドイッチを見てからジェレマイアの肩に手を置いた。心配をしてくれたのだろう。けれどそれは、ジェレマイアの恐怖心を更に煽る結果となった。


「さ、さわらないでっ」
「わっ!?」


肩に触れられた瞬間、ジェレマイアは耐えられず叫ぶ様に声を上げた。同時にその体から小さくも鋭い風が発生し、不用意に触れて来た彼女へと襲い掛かった。幸い、彼女の顔の横すれすれを抜け、怪我を負わせる事は無かったが、彼女の長い髪の一房が切れ、はらりと地へ落ちた。


「う、ああ……」


やってしまった。たった今生まれた風に対し、後悔と自己嫌悪がジェレマイアの中に生まれ、頭の中でぐるぐると回る。また怖がられてしまう、普通じゃないと言われてしまう。村の人々と同じ目で見られてしまう。
罵倒の言葉を覚悟した。何て事をしてくれるんだとか、その風はなんだとか、危うく殺される所だったとか。何を言われても仕方がないと。仕方がないが、悲しく、辛かった。
しかし。


「……びっくりした。キミも魔法使いなんだね」
「…………え?」


彼女から返って来たのは意外な言葉だった。
何を言われたのか、一瞬理解が出来ず、ジェレマイアは呆けた表情で彼女を見上げる。其処にあったのは、ジェレマイアの風で恐怖する顔では無く、まるで同士に会えた事を喜ぶかの様に笑みを浮かべる顔だった。今、彼女は君『も』と言っていた。それは一体、どう言う意味なのか。


「こんなトコロで会うとは思わなかったなー。それも同じ属性。どっきりだよ」


にこにこと笑い、彼女はジェレマイアに再び手を伸ばし、今度は頭に触れる。子犬を撫でる様にわしゃわしゃと手を動かす彼女に対し、ジェレマイアは戸惑いを覚えた。怖がられるどころか、好意的に見られている。何故。何故そんな顔をして、自分に触れる事が出来るのか。様々な可能性が頭の中に生まれ、けれど有り得ないだろうと言う否定的な考えと混ざり、収拾が付かなくなる。
説明して欲しい。誰からも恐れられ、忌み嫌われる自分に対し、その様な態度でいられるのか。そう思いながらジェレマイアが彼女の方を見遣ると、柔らかな風が自分の頬を撫でて行った。ふわりとした、優しい風。それは自分が発しているものではない。自分はこんなに心地良い風を出す事は出来ない。自然のものとも異なる様だが、これは一体何なのか。
その答えは、彼女が次に紡いだ言葉に全て集約されていた。


「わたしも魔法使いなんだ。キミと同じ、風のね」






彼女はあても無く、世界を旅していると言った。
今まで様々な地を巡り、見聞を広める為に訪れた地を独自に調査し、記録に残していると。地学者や考古学者では無い為、記録の内容に統一性は無く、本当に一個人が残す備忘録の様なものだと、笑いながら話してくれた。ジェレマイアが住んでいるこの地を訪れたのも、気の向く儘、足の向く儘歩いていたら辿り着いたと言う。帝国と王国の国境付近、それも小さな村と森以外に何も無い地を訪れるには、尤もな理由かも知れない。


「雨風が凌げればいーよ。オンボロ小屋でも。何でも」


ここ数日は森の中で野宿をしていた為、そろそろ屋根の有る所で眠りたい。彼女はそう言って、ジェレマイアに村で泊まれそうな場所は無いかと聞いて来た。辺境の地であるこの村には旅人を受け入れる様な施設も無ければ宿も無い。有るとすれば馬小屋や水車小屋、或いは誰も使わなくなった空き家位だが。村に案内しながらジェレマイアが悩んでいると、彼女は泊まれさえすれば贅沢は言わないと言って再び頭を撫でて来た。人に触れられるのは、何時振りだろうか。少なくとも、風の力が顕現してからは誰からも触れられていない。それ処か、此処まで近い距離に人が来た事も無い。


「あ、の」
「ん?」


もう少しで村に着こうと言う所で、ジェレマイアは自分から彼女に声を掛けた。この人なら、もしかしたら。僅かな期待と不安を胸に、ジェレマイアは思い切って彼女に訊ねる事にした。


「どうすれば、風をおさえられますか?」




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