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村を追い出される様な事は無かったものの、その日からジェレマイアは皆に避けられ、逃げられる様になった。
両親も口では『愛してる』『可愛い子』と言っているが、実際はいつ風の脅威が降りかかるかと。周囲の大人達と共に常に怯えていた。
表面上は優しく取り繕っていても、自身が恐れられ、疎まれていると言う事は、幼いジェレマイアでも分かった。


「……こんな力、いらない」


魔術の道を行く者ならば、誰もが欲する力。けれどジェレマイアが持つには余りにも強大で、どうすれば良いかも分からない。平凡ながらも幸せだった日々の暮らしを打ち壊した力を呪い、ジェレマイアは沈鬱な気持ちを抱えながら過ごしていた。家にも村にも居場所は無く、ジェレマイアの遊び場は必然的に村の外――周囲を囲む森の中となった。誰も居ない空間は寂しかったが、同時に落ち着ける場所でもあった。制御の仕方が分からない風が周りに吹いても、それについて言及して来る人間が居ない。木に登り、小川で水遊びをし、鳥と戯れる。何時しかそれが当たり前になり、一人で居る事についても何も感じなくなって行った。
けれどそれも、『彼女』との出会いを機に少しずつ変わって行く事となる。


その日もジェレマイアは朝から森に来ていた。
起きた時には既に両親は仕事に出ており、テーブルの上には置手紙と一日分の食事が置かれていた。出来る限り顔を合わせたく無いのだろう。手紙には『夕飯を食べたら早く寝るように』と書かれている。恐らく、両親が仕事を終え、戻って来るまでに部屋で眠れと。そう言う事なのだろう。
昼食用のサンドイッチをカバンに入れ、ジェレマイアは森の奥へと進んで行った。似た様な地形の多いこの森は、地元の人間ですら迷う厄介な場所だ。けれど毎日の様に遊んでいるジェレマイアは既に何度も通った道であり、迷う事は無かった。
お気に入りの木の下へと辿り着き、木の幹に背を預ける形で腰を下ろす。そこで、カバンに入れておいたサンドイッチを一つ取り出せば、お腹を空かせた小鳥達が何処からともなくやって来た。


「いいよ。二つあるから。食べなよ」


パンをちぎり、地面へと放れば、飛んで来た鳥達が一斉に群がり、小さな嘴で忙しなく地面を突付く。そんな動作が可愛らしいと思いつつ、パンやその間に挟まれている具を投げてやる。彼等はジェレマイアの周囲に風が吹いても、恐れる素振りを見せない。攻撃性が露わになっていないからかもしれないが、人間と違って自分を恐れずに近付いて来てくれる存在が、ジェレマイアには嬉しかった。
気持ちが穏やかになっている所為か、現在ジェレマイアの周囲には柔らかな風が吹いている。無意識に吹いてしまっているそれを止める術は知らない為、その儘だが、風について言及する者が居ないこの場はとても気が楽だった。
ちゅんちゅん、ぴよぴよ。愛らしい鳴き声と共に餌となるパンを突付き回す姿を膝を抱えた状態で微笑ましく見詰める。静かで、落ち着いた空間。けれど和やかな空気は、突如上から降って来た声によって、一瞬で壊されてしまった。


「おーい、そこのキミ。こんな所でナニしてるんだい?」
「……ッ!」


軽やかな声。今まで人の気配は全く感じなかったのに、一体何処から。目の前の小鳥達も自分以外の人間が現れたと言うのに、驚いた素振りを全く見せない。どういう事なのか。
恐る恐る。そうっと見上げた先に居たのは、若い女性だった。真白な長い髪に、翡翠色の瞳。色白の肌、整った顔立ち。旅人のものと思しき装いと、手には薄汚れたずた袋。村では見かけない顔だ。


「……だれ?」
「ンン、聞いてるのはわたしなんだけどなー?」


まあ良いや。
ジェレマイアの呆けた表情を見て、彼女は苦笑しながら肩を竦め、断りも無くジェレマイアの隣へと腰を下ろす。何も知らないとは言え、風の力を制御出来ない自身の横へ無遠慮に座る姿を見て、ジェレマイアはびくりと身を震わせた。


「通りすがりの旅人サンです。なーんてね。実は道に迷っちゃって。キミはこの辺に住んでるの?」


無知とは恐ろしいものだ。何時、どのタイミングでジェレマイアの風が牙を剥くかも分からないと言うのに。否、それ以前に気付かないのか。ジェレマイアの周囲に明らかに自然のものとは異なる風が吹いている事に。今はまだ大人しいが、彼女の動きによっては何を起こすか分からない。ジェレマイアは戸惑い、彼女の言葉が耳に入らず、問い掛けに対して答えを返す事が出来なかった。どうしよう、どうしよう。また怖がられてしまう、傷付けてしまう。そんな恐怖が頭の中でぐるぐると巡り、持っていたサンドイッチが手元から零れ、地面へと転がった。




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