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彼の人物との出会いは、何年前になるだろうか。
まだジェレマイアが子供の頃、それこそ、中立都市に来る前の話だ。20年近く前になるのかもしれない。
ジェレマイアは中立都市の出身ではない。生まれは帝国と王国の国境付近。名も無き小さな村。取り立て目立つ要素もない平凡な家庭に生まれ、両親の愛を一心に受け、不自由なく育った。暮らしは決して裕福とは言えなかったが、家族や友人、優しい村人に囲まれ、穏やかな日々を過ごしていた。

風の精霊に愛される、その日までは。




「うわっ、泣き虫エリーだ!」
「泣き虫エリーがきたぞー!」
「ちかづくと危ないぞー!」


夕暮れ時。村の外れの子供たちの遊び場。ジェレマイアがそこに姿を現した瞬間、先に遊んでいた子供たちが口々に囃し立て、駆け足で逃げて行く。
少し前までは一緒に遊んでいた筈なのに、風の能力が顕現してからは全く相手にして貰えなかった。それ処か、最近では姿を見るなりからかいの言葉を投げ、少しでも近付こうものなら蜘蛛の子を散らす様にわっと逃げてしまう。
共に遊ぶ事はおろか、まともに話も出来ない。子供たちにとってふざけ半分、恐怖半分から来る行為なのだが、幼いジェレマイアにとって、それはとても酷なものだった。
誰も居なくなった遊び場で、何をするでも無く一人佇む。西に沈まんとしている太陽の光が眩しい。子供たちと遊んでいた時はもっと早く訪れていた筈の『帰る時間』が、今はとても遅く感じられた。
今日も逃げられてしまった。その事実に落胆し、とぼとぼと帰路に就く。ジェレマイアの周囲には、彼の気持ちを代弁するかの様に小さな風が何度も巻き起こっては消えていた。煩わしい風。けれどジェレマイアにはそれを消す術は無い。
村の外れにある自分の家に着き、扉を開ければ、母親がせっせと夕飯の準備をしていた。


「あら、ジェレマイア。今日は早かったのね」


我が子の帰宅に気付いた母親が鍋を掻き回す手を止め、振り返る。中身はカレーだろうか。室内に漂う独特な香りに、ジェレマイアはすんと鼻を鳴らした。


「ただいま。お母さん」
「もう少し遊んで来ても良かったのに。晩ご飯までまだ時間あるわよ?」
「大丈夫、部屋で待ってるから」


母親が言う言葉の裏に潜む意味。それをジェレマイアは知っている為、ぎこちなく笑い、早く自分の部屋へ行こうと台所を抜ける。どうしてそんなに早く帰って来たのか。もっと時間が許す限り遊んで、遅く帰って来いと。自分を恐れているが故に、出来る限り接触を避けたい。口では気遣っている様に言っているが、実際には正反対の事を思っている。幼いジェレマイアでも、何となく分かった。


「お母さんは今日もお父さんの手伝いあるから、ご飯は一人で食べてね。夜は早く寝るのよ」


嗚呼、やはり。自室に通じる扉を開けようとした所で、背後から掛かって来た言葉。父親の仕事を理由に、ジェレマイアに一人で食事を取る様にと言い付ける。以前は仕事が有っても夕食は家族揃って食べていた。美味しい手料理を囲み、両親と共に笑い合いながら楽しく過ごした夕食の時間。最後にそうしたのは何時だっただろうか。今はもう、一人で食事をするのが当たり前になっていた。食事だけではない。夜に寝るのは勿論、朝起きるのも、家の事をするのも、出掛けるのも、全て一人だった。


「うん、わかった」


けれどその事に不満を言う事は出来ない。仕方の無い事なのだと、ジェレマイアは無理矢理自分を納得させた。両親は悪くない。悪いのは自分だと。そう言い聞かせ、母親に頷いて見せると自分の部屋に入った。




その『奇跡』は突然の事だった。
或る日、ジェレマイアに魔法使いとしての才能が顕現した。魔術の心得が無いジェレマイアの周囲に吹く、明らかに自然のものと異なる風は、周囲の者を驚かせた。魔法使いは誰でもなれるものでは無い。自然界に存在するとされる精霊に見出されなければ、いかに優秀な魔術師であってもなる事は叶わない。選ばれた者のみがなる事を許される魔法使いは、人々の羨望の的だった。
しかし、魔法使いになれたとして、内に宿る力を制御出来なければ、その先に有るのは破滅だ。この世界に存在する魔術師に対し、魔法使いが圧倒的に少ない理由。それは、ただでさえ魔法使いとしての才能を持つ者が少ないのに加え、力が開花しても制御出来ずに自滅していく者達がほとんどと言う事実が有る。特に、幼い内から才能が顕現した者は、どうする事も出来ずに哀れな末路を辿る者が多い。精霊の力を『借りる』魔術師は、自然界よりも立場が下である。対し、精霊の力を『操る』魔法使いは自然界よりも上の立場となる。本来、人間は自然界に生かされていると言って良い程脆弱で、無力な生き物だ。そんな人間が、精霊の気紛れによって小さな肉体に偉大な力が宿る。この時点で、魔術の心得が少しでもある者ならばいかに素晴らしく、恐ろしい事であるか理解出来るだろう。制御出来る者が少ないのにも納得が行く。精霊の力を操ると言う事は、奇跡を操る事なのだ。
魔法使いについて何も知らなかったジェレマイアの両親も、最初は『わが子が精霊に愛された』と喜んだ。だが、制御しきれぬ風の脅威を見て、少しずつ敬遠する様になった。態度が顕著になったのは、いじめっこだった子供にジェレマイアがぶたれた際、無意識に発動した風の刃がその子供に襲い掛かり、大きな怪我を負わせてしまってからだ。現場を見ていた人々は戦慄し、『奇跡』を『悪魔の力』と称し、蔑んだ。




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