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もう。礼を言う相方に対し、不満気に頬を膨らませ、ジェレマイアが抗議する。自分が居なければ、先程のニュクスは諜報員達にやられていた可能性が高い。ピンチを救ってやったのに、三流呼ばわりされるのは納得がいかないと。子供の様にぷりぷりとしつつ、屋根から地面へ飛び降り、重力を感じさせない軽快さで着地をすれば、負傷しているニュクスの元へと歩いて行く。


「だってお前、風以外に能が無いだろ」
「そ、それはそうですけど……ちゃんと仕事したじゃないですか。さっきの人以外にも二人倒したんですよ?」
「へーえ? ……まぁ、その風が強いから、プラマイゼロって所か」


魔法使いとしては一流だが、魔術師としては三流。風の属性に特化しているものの、特化し過ぎて他の属性はさっぱり使えない。少々極端ではないかと、ニュクスは内心で苦笑し、手にしていた銃を霧散させ、戦闘態勢を解く。恐らく、今倒したのと、ジェレマイアが他で倒したのを合わせて、諜報員は全員だろう。気配を探っても、他者の気配は感じられない。


「ニュクスくん、大丈夫ですか?」
「ああ、ちぃっと深くやられたが、致命傷って訳じゃねえ。キコの所で治して貰うさ。お前はどうなんだ」
「僕は全然。さくーっと倒しちゃいましたから」
「近付かせもしなかったってか。流石だな」
「ふふん、もっと褒めてくれても良いんですよ?」
「はいはい、すげーですね拒絶者様は」
「……その呼び方は、ちょっと」


風の魔法使いである彼は、戦闘中に何人も寄せ付けぬ風を纏う姿から、『拒絶者』の異名を持つ。近付こうとする者は彼の身から生まれる風によって切り刻まれ、指一本触れる事も叶わない。
見た目はひょろりとしていて、実際体力は無く、殴り合いも出来ないほど軟弱だ。それでも、中立都市の中でも最も治安が悪いとされる南エリアを拠点とし、活動していられるのは、彼が持つ風の力がある為だ。もし魔法使いでなければ、彼は治安の良い東エリアでごく普通の暮らしをしていたであろう。ニュクスの相方等、とても務まらない。


「とりあえず、俺はキコの所に寄ってからマスターに報告に行く。お前はどうする?」
「僕は帰ります。何か有ったら端末に連絡入れて下さい」
「おうよ」


ニュクスは右肩の治療の為、キコの診療所へ行くと。それを聞いたジェレマイアは『お大事に』と短く告げ、その背中を見送る。未だ血が滴っているのが気がかりだが、タフな相方の事だ。そう簡単に死ぬ事は無い。
周囲に転がる諜報員達の死体は、いずれ葬儀屋が来て片付けてくれるだろう。治安部隊がほとんど機能していない南エリアでは、死体が転がっている状況等、日常茶飯事で騒ぐ様な事では無い。
全て、無問題。今夜の事は、何も心配しなくても良い。その事実を一人で確信し、ジェレマイアは踵を返し、帰路に就くべく歩き出した。


「……はあ」


吹き抜けて行く夜風が冷たい。比較的温暖な気候である中立都市も、この季節は少々冷える。特別寒がりな訳では無いが、頬を撫でる風の冷たさにジェレマイアは思わず身震いした。ジャケットを羽織っているし、その下に着ている服も長袖だ。なのに、今日の風はいやにひんやりとしている気がした。


「……、あの日もこんな感じでしたっけ」


灯りの無い路を歩きながらふと、思い出した様に独りごちる。何故このタイミングでそう思ったのかは分からない。少し寒い夜。空には満天の、きらめく星達。風に乗り、漂うのはまだ新しい血の香。
どれも慣れたものだ。特別珍しくはない。けれど、今宵、この時。ジェレマイアはそれらの要素に妙な懐かしさを覚え、胸元に視線を落とした。其処に有るのは、首から革製の紐で下げられた、羽飾りの付いたペンダント。シャワーや就寝時以外は常に身に付けているそれは、ジェレマイアが子供の頃に或る人物から貰ったものだ。正確に言うなら、預かったものと言うべきか。何時か再会した時に、返してくれれば良いと。そう言って渡して来た人物とは、十年以上経った今でも再会出来ていない。色々と有って別れたあの夜から、その人物の消息は分からずにいる。


「何処に居るんですかねえ……」


会えるのならば、今すぐにでも会いたい所だが。別れてから何度も見つけ出そうとあの手この手を尽くしたが、何の手掛かりも掴めず、今日まで至る。余りにも情報が無い為、もしかしたら、その人物は実在していない、己が見た幻だったのではないかと思う事も有った。だが、胸に下がるペンダントは確かに本物であり、その人物が居た事の証明になっている。


「…………」


風に揺れるペンダントに手を添え、軽く握り締めて。ジェレマイアはかつての記憶に想いを馳せ、空を見上げた。




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