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その日の夜、ニュクスとジェレマイアは二人で仕事をしていた。
仕事の内容は中立都市に潜入している帝国の諜報組織の殲滅。月桂樹のマスターを介し、南の魔女から依頼されたものだった。
組織の構成人数は少数で、ニュクス一人でも何とかなると思われたが、マスターが『何かあってからでは遅い』と、ジェレマイアの同行を勧めた。実際、組織の諜報員達の戦闘能力は思っていたよりも高く、ニュクスは殲滅に手こずっていた。


「……諜報員の癖に強いじゃねえか」


片手に拳銃を握った状態で建物の陰に隠れ、暗闇の中に潜んでいる敵の気配を探る。アジトとなっている場所を突き止め、突入し、三人は自らの銃で倒した。だが、そこに居た他の何人かは撃ち漏らし、外へ逃れた。それを追って夜の街へ飛び出したが、彼等は応戦するつもりらしく、こちらの様子を見て、反撃の機会を伺っている。相手の得物はナイフと銃。何も考えずに発砲してくれれば好都合だが、彼等も馬鹿ではない。ニュクスに銃弾が効かないと分かった瞬間、発砲を止め、暗闇に潜んで距離を詰めようとしている。今のところ分かっているのは正面に一人、左方に一人、上方に一人の計三人だ。一人ずつ出て来てくれれば対処もしやすいが、同時に来られると厄介だ。


「…………ッ!」


正面にいる相手へ牽制の為の発砲をし、一歩踏み出した瞬間。上方と左方に潜んでいた諜報員達が刃物を携え、飛び出して来た。発砲した銃弾が正面の相手に当たったか確認するよりも先に、ニュクスの両手に新たな拳銃が握られる。銃口を彼等の頭部へ向け、トリガーを引けば、弾ける音と共に銃弾が放たれた。どちらも正確に標的の頭部を貫き、手にした刃物が身を掠める前に地へと倒れ伏す。
牽制の為に発砲した方の相手はどうなったのか。二人の諜報員が倒れる音を聞きながら再び正面を見遣ると、大ぶりのナイフを持った姿が目の前に迫っていた。牽制を恐れず、直ぐに駆けて来たのだろう。大した度胸だと感心したが、その距離は余りにも近い。接近戦は苦手だ。出来る事なら、己のテリトリーで勝負を付けたい。けれど諜報員の動きは俊敏で、ニュクスに発砲させる余裕を与えなかった。


「ちぃッ!」


両手に持っていた銃を交差させ、突き出される刃を受け止める。相手は細身だったが、その手に籠る力はかなりのもので、予想以上の衝撃にニュクスの体がよろめく。咄嗟に片足を振り上げ、蹴り飛ばそうとしたが、諜報員は軽快な動作で後方へ下がる事で避け、新たな攻撃を繰り出そうと再び踏み込んで来る。
距離を取るか、此方も殴りに行くか。悩んでいる間にも諜報員は距離を詰め、ナイフを薙ぎ払って来る。受け止めきれないと判断し、上体を仰け反らせ、避けようとしたが間に合わず、右肩に痛みが走った。
視線をそちらへ向けると、右肩がコートごと切られ、鮮血が噴き出していた。思いの外深くやられたらしく、腕を動かそうとすると痺れる様な痛みが傷口から全身に駆け抜けて行く。これでは銃が撃てない。ただでさえ至近距離で苦戦を強いられていると言うのに、とんだ痛手だ。
一度逃げて体制を立て直すべきか。そう思った矢先、背後から新たな殺気を感じ、反射的に横へ飛ぶ。すると、先程までニュクスが居た地面に投てき用と思しきナイフが突き立てられていた。どうやらもう一人、潜んでいたらしい。この状態で二対一になるとは。


「ついてねえ、ぜ……ッ!?」


自身のテリトリーで戦うならば大した人数では無いが、近距離戦ではそうはいかない。しかも右肩をやられてしまった為、これは非常にまずい状況だ。逃げようにも挟み撃ちにされている為、二人いる内のどちらかを倒さなければどうしようも無い。この儘では嬲り殺しだ。
捨て身の攻撃を仕掛け、強行突破するべきか。そう思った瞬間、夜風とは明らかに異なる『風』が周囲に生まれ、ニュクスの髪を靡かせた。


「ほらー、やっぱり僕がいないと危ないじゃないですか」


生意気な声と共に風は鋭い刃と化し、ニュクスの正面の諜報員に襲い掛かる。見えない凶器を避ける術も無く、諜報員の体が切り裂かれ、地面に倒れた。突然の第三者の攻撃に、残された諜報員が動揺し、それまで隠していた気配をニュクスが察知する。後方、暗い路地の奥に、ナイフを投げて来た諜報員が居る。直ぐに無傷な方の手に銃を握り、其方へ狙いを定めたが、ニュクスが発砲するよりも先に、先程の風が諜報員を攻撃した。ぎゃ、と醜い声が上がり、その後でどさりと、人が倒れる音がする。銃口を向けた儘少しずつ歩いて行けば、地面に血の池を作り、息絶えた諜報員の姿が有った。
ふと、視線を上へと向ければ、建物の屋根の上に見慣れた相棒の姿が見えた。其処で攻撃をし、諜報員を倒し、落としたのだろう。得意気な表情で胸を張り、ジェレマイアはニュクスを見下ろしていた。


「良いフォローだったぜ、三流」
「ちょっと、助けてもらっておいて三流は無いでしょう」




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