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「そそ。実物見れた訳じゃねーんだけど……ヒヅキがさ」
「冷気を感じた。遠くからでも分かる、異質な冷気だった。あれは間違いなくラヴィーネのものだ」


紅茶にミルクと砂糖を入れ、ティースプーンで混ぜながらヒヅキが言う。超がつく甘党なのだろう。どちらもたっぷりと入れる様子を見たシトリーが『邪道だ』と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、レライエが苦笑したが、ヒヅキはお構い無しにかき混ぜ、カップの端に口を付けた。


「ミギワ、ミギワ。らう゛ぃーねって、何?」


知らないのは自分だけなのだろうか。周囲の大人達は把握している様に見える光景に、カノンは不満を覚え、隣に座るミギワの服を引っ張り、訊ねる。


「帝国の生体兵器ですよ。最高傑作の一柱と言われています。強過ぎる能力を持つが故に、普段は『封印』状態だと聞きましたが……」


帝国の軍事力は大陸随一と言われている。
その力の象徴となっているのが、生体兵器と呼ばれる脅威だ。人の姿をしながら、人以上の力を持ち、植え付けられた破壊本能に従い、敵を抹殺する。個体の強さは『完成度』によって異なるが、最上位にいる個体の力は、他とは比較にならない程強力だ。高い身体能力に加え、優れた知性を持ち、更に魔法使いとしての素質を持つ。現在は『レーレ』、『グルート』、『ラヴィーネ』と呼ばれる三体が確認されている。彼等が持つ力は天災と同等か、それ以上とも言われている。中でもラヴィーネは特に強い力を持ち、一度出陣すればいかなる戦場も一晩で焦土と化すと。
最高にして、最悪の存在。最強の力を持ち、故に最終兵器と呼ばれる。それがラヴィーネと呼ばれる生体兵器だった。


「……強いんだ」
「ええ、恐ろしく強いんです」
「間違いは無いのか?」
「僕が間違えるものか」
「同じ属性を持つヒヅキが言うんだ、ほぼ確定だろ」
「恐ろしいねえ……中立都市にまで来ないと良いけれど」


中立、の名の通り。この都市はどこの戦にも加担せず、建設当時よりその方針を貫いている。周囲の国にもそれは知れ渡っており、現時点ではどこの国からも侵略された事は無い。けれど攻撃を受けないと言う保証は全く無く、何時どこが攻め入って来てもおかしくないのが現状だ。
そして、一番侵略をして来そうなのが、大陸で最も力を持つ帝国だ。生体兵器の力により、勢い付いている今、その可能性はゼロとは言えない。


「そうしたら幹部は総出撃だろうな」


他人事の様にのんびりと言うレライエに対し、ホムラは渋い表情で返す。中立都市には軍隊と呼べるほどの大規模な組織は存在しない。都市を治める大魔女と懇意である社長の意向により、葬儀屋が自衛隊の真似事をしているが、一国の軍勢に立ち向かえるほどの力が有るかと聞かれれば正直微妙な所だ。
魔女と、葬儀屋と、都市に住まう異端者達が揃ったとして。果たして外の国の攻撃を耐えきることが出来るのか。漠然とした不安がその場にいる者達に振りかかり、気まずい沈黙が流れた。


「こわい話、おしまい」


しん、としてしまった空間の空気を変えようと、カノンが両手をぱん、と叩いて声を上げる。その音で、一同は我に返り、互いの顔を見合わせ、何とも言えない笑みを浮かべた。


「あー、そうだな。まだこっちに攻めて来るって決まった訳じゃねーし」
「王国にはエゼルベルトが居る。そう簡単に負けはしないよ」
「楽観視は出来ませんが、今は此方から動く必要もありませんしね」


帝国に対抗している王国は強い。中でも『雷帝』と呼ばれる男――王国騎士団長エゼルベルトが率いる精鋭・宮廷魔導師達の実力は高く、生体兵器と互角以上に渡り合う。彼等の力が有るからこそ、王国は小国でありながら、大国である帝国に抗い続ける事が出来るのだ。彼等が居れば、戦争の火種が中立都市に飛んで来る事はない筈だ。


「紅茶のおかわり、貰えるかな?」


先の見えない未来を不安がっている等、らしくもない。レライエがカップに残っていた冷めかけの紅茶を飲み干し、カノンへおかわりの可否を問う。カノンは無言で頷き、傍らのメイドへ新しい紅茶を出す様に片手で指示を出した。


「それにしてもこのケーキうめえな」
「スコーンも香りが良くてジャムと合う。最高だよ」
「ふふふ、どれも百点満点ですね、カノン」
「私にも紅茶のおかわりを頼めるか」


そうして和気藹々とした空気を取り戻し、六人は談笑を交え、束の間のアフタヌーンティーを楽しんだ。




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