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「酷い日だ。ニュクスの痕跡を辿って来たら塵屑以下の存在を見てしまった」
「最悪だね。腐臭を放つだけでなく、汚い声まで漏らしているよ。嫌だ嫌だ」


行方の知れないニュクスを探していた所で、思わぬ遭遇をしてしまった。二人にとって、ナハトはこの世で最も会いたくない――可能であれば一生顔を見たくない――人物だ。嫌いだとか、苦手だとか。彼に対して抱く感情は、そんな可愛いものでは無い。彼等の間に何が有ったのか、知る者は殆ど居ない。第一、ナハトの話題になると異様なまでに豹変する二人の姿を見て、首を突っ込もうとする勇者は存在しない。
ただ、浅からぬ因縁が有る。奴隷商人と葬儀屋の間には、複雑な『何か』がある。彼等の事を少しでも知る人間は、そう認識していた。


「相変わらずツンケンしてんなァ。小さい頃はもっと可愛かったってのに」
「知らないな」
「知らないね」


ナハトの言葉を聞き、二人は口を揃えて言い、彼を拒絶する。何処までも冷たく突き放す言葉に、ナハトは低く喉を鳴らして笑った。彼等は『あの時』から何も変わっていない。姿形こそ大きくなったが、内に宿る感情は変化する事も風化する事も無く、その儘だ。
良くも悪くも変わらぬ彼等がとても、面白い。そう思いつつ、口にしたのは彼等を煽る言葉だった。


「何なら、またピーピー鳴かせてやろうか?」


瞬間、周囲の空気が張り詰める。それまでずっと冷ややかだった二人の双眸は大きく見開かれ、明確な殺意を其処に宿す。シトリーは持っていたシャベルを握り込み、レライエは周囲の影よりカラスを生み出し、ぎゃあぎゃあと鳴かせ始める。ナハトもまた、次に来るであろう彼等の攻撃を予想し、自らの能力を何時でも発動出来る状態にする。正しく一触即発。何時誰が、どの様に動いてもおかしくない状況だった。
この双子は他人からの煽りには或る程度の耐性が有る。逆に煽り返す余裕も見られるが、ナハトに関しては話が別だ。それは過去に受けた或る仕打ちが関係しているからだが、その事に触れるのは禁忌と言っても良い。
そして。


「やめなさい」


緊張した状況は、その場に響き渡った第三者の声によって鎮められた。
声は、三人が立っている場所から少し離れた所に有る小さな山から聞こえて来た。使われなくなったガラクタや、瓦礫によって形成された不安定な山。その頂上たる場所に、声の主と思しき男が立っていた。
夜風に揺れる色素の抜けた白髪。それとは対照的な黒で統一されたスーツ姿。頭部には羊のものと思しき一対の角が生え、顔の上半分は銀色の仮面に覆われている。何処か人間離れした雰囲気を醸し出しているが、彼こそ三人の動きを止めた声の主であり、その三人が良く知る人物でもあった。


「感情的になるのがお前達の悪い癖だ。それから、夜帝。お前も煽るんじゃない」


見た目は若い男の様だが、紡がれる声は嗄れており、聞き取り辛い。けれど自らの行動を窘められたシトリーとレライエは何も言わずに手にした武器を下ろした。この人物には逆らえない。逆らってはいけない。何故なら、彼は二人の上司にあたる人物である。彼からの命は、絶対だ。
仮面の男は双子と共にナハトに対しても警告の言葉を発した。夜帝、と言うのは中立都市における彼の通り名の一つである。夜の世界に君臨する、葬儀屋に次ぐ力を持つ男。夜の帝王と囁く声が、何時しかその名を生み出した。


「秘書サマにそう言われちゃあ、仕方無えナァ」


煽るな、と言われてしまえばそれ以上の事は何も言えない。元より、ナハトはシトリーとレライエに手を出す事は出来ないし、許されていない。そう『契約』を交わしている。もし契約を破る様な事をすれば、葬儀屋全体を敵に回す事になる。それはナハトに何のメリットも生じない。


「おたく等を喧嘩を売るの程、おっかねえ事は無ェ。大人しく帰らせてもらうゼ」


仮面の男――葬儀屋の社長の秘書であり、実質組織のナンバーツーである彼が此処に来た理由は分からない。ナハトと接触する事により、激昂する双子を止めに来たのか。それとも別件で、偶々見かけただけなのか。知る術は無い。
けれど長居は無用であると。ナハトは手配していた車が既に到着しているのを見ると其方の方へと向かい、最後に緩く手を振って車に乗り込み、部下と共に去って行った。
ナハトの乗った車が完全に見えなくなった所で、シトリーとレライエは深い溜息を吐き、それまで張っていた緊張の糸を解く。表情は未だ強張っているが、少し経てば元に戻るであろう。


「何で来たんだい?」


気を緩め、肩の力を抜いた所でレライエが問い掛ける。
社長の秘書ともあろう人物が、わざわざこうして姿を見せたのだ。偶然とは思えない。多忙な中、己等の為に時間を割くのは何か事情が有るのだろうと。そう思っての質問だった。


「社長に命じられた。有事の際は、お前達を止める様にとね」
「嗚呼、なんだ。全て御見通しって訳かい。社長には」


まさか此処で社長の名が出て来るとは。けれどそれは納得の行く答えであり、シトリーとレライエは互いの顔を見合い、頷く。仮面の男は、社長の言葉を代理として届ける役目を担う。社長の名は久しく聞いていなかったが、葬儀屋の最高権威者たる存在の言葉は絶対だ。誰であっても逆らう事は出来ない。


「そしてこれはお前達へ。社長からの指令だ。仕事の期限を三日伸ばす。これで幾らか余裕が出来るだろう。銀月と共に完遂して来い」
「……それは何とも、有り難い」


葬儀屋の幹部として与えられた今回の仕事。それの期限を延長してくれるとは何とも寛大な措置だ。恐らく、社長たる人物は今回の件について、既に知っていたのだろう。双子が仕事の手伝いを依頼する人物は誰だったか、そしてその人物は何処にいるのか。何をしているのか。結果的に、今の段階では手詰まりとなってしまうから、仮面の男に仕事の延長の指示を伝え、彼等に届ける様に仕向けた。
仮面の男の言葉を受け、今は遠くに居るであろう、社長たる人物へ感謝の意を示しながら。シトリーとレライエは、ニュクスが居る――眠らされている廃屋へ足を運んだ。




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