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ニュクスは常連だ。仕事が入っていなければ高確率で夜に現れる。けれど最近はその姿が無く、端末に連絡を入れても応答が無い。その場で出られなければ暫くしてから折り返してくれるが、何らかの事情で返せない状態の場合は完全に沈黙する。それは彼が端末に触れない状態――端末が破壊されているか、彼自身が死んでしまっている――である事が殆どだが。


「最後に来たのは八日前。暗殺の仕事を請け負った日だな」
「その仕事、大変な奴ですか?」
「いや、多少手間は掛かるが、彼奴の手に負えない様なモンじゃねえ。しくじったとは思えないが……」


ニュクスは強い。彼の実力は、此処に居る誰もが理解していた。圧倒的な白銀の弾幕。彼一人で、何十人分もの戦力となる。余程の事が無ければ、彼が負けたり、下手を取る事は無い筈だ。そう、余程の事が、無ければ。


「探しに行った方が早そうだねえ」


何やら嫌な予感がする。その場に居る誰もがそう思い、レライエがシトリーの方を見ながら言った。ちら、と横を見れば、シトリーも同様の事を思ったらしく、紅茶を啜りながら何も言わずに頷く。
ニュクスが何処に居るか、知る術は無い。けれどレライエの『目』が有れば、見付けるのに苦労する事は無いだろう。能力を行使する本人は『面倒だが』と苦笑しているが、背に腹は代えられない。


「お前はどうする」


二人のやり取りを眺めていたジェレマイアにマスターが訊ねる。一応、彼はニュクスの相方である。共に探しに行った方が良いのでは無いかと、マスターは言いたいのだろう。


「僕はパスします」


けれどジェレマイアは暫し考えた後に緩く頭を振り、ニュクスの捜索は二人に任せるとした。確かに相方を名乗っては居るが、四六時中行動を共にしている訳では無い。確かに仕事の際は一緒に動く事が多いが、それ以外の時は基本的にお互い不干渉だ。大体、ニュクスは常に誰かしらに狙われている。人気者、と言えば聞こえは良いものの、行く先々で彼のいざこざに巻き込まれるの程、面倒な事は無い。


「それじゃあ、さっさと見付けて連れてくとしようかねえ」


出された紅茶の味を楽しむのもそこそこに、シトリーとレライエは、ニュクスを探すべく夜の街に繰り出した。



***



銀月は今回も反抗的だった。
ナハトが拘束し、連れ帰った先でも彼は激しく抵抗した。部下が手を出そうとすれば身を捩って暴れ、隙あらば噛み付こうと犬歯を剥き出しにし、犬の様に唸って見せた。この儘ではいけないと、媚薬入りの痺れ薬を投与し、大人しくさせたが、その後もナハトが如何な手を用いても屈する事は無かった。


「今回はイケると思ったんだがなァ」


前回――最後に調教を施してから、今回の捕獲までの期間はそう長くない。当時与えた快楽の余韻が、未だ体に残っていると思ったのだが。与えられる苦痛と快楽の両方に、最後まで耐えきった彼の精神に、ナハトは苦笑した。未だか。未だ駄目なのか。どれだけの快楽を与えれば、彼は己を求める様になるのか。捕らえては放すのを繰り返しているが、体の疼きに耐えかね、自ら己の前へと姿を現す日が来るのは、果たして何時なのか。普通の人間ならばとっくに『奴隷』に変貌している所を、彼はずっと耐え、今も尚牙を剥いて来る。それがとても楽しく、同時に不愉快でもあった。
ナハトが調教に掛ける日数は、約十日。それを過ぎると、最後に媚薬をたっぷり投与し、解放してやる。解放する場所は常に変化するが、大抵は人気の無い廃墟や廃屋の中だった。意識が無い状態でその場に放置し、己は去る。意識が有る状態では、追跡される可能性が有る為、絶対にしない。今回も媚薬と共に睡眠薬を投与した。目覚めるのは数時間――長ければ半日後であろう。
さて、次に捕らえた時は如何な調教を施してやろうか。廃屋の一室に置かれていた、誰も使わなくなって久しいベッドの上に彼を横たえ、外に出て来たナハトは、部下に車の手配をさせながら一人で考えていた。快楽漬けは何度もやったし、絶頂に達する寸前で止める焦らし責めもやった。苦痛を快楽にする為の拷問もやった。他に彼に効果が有りそうな調教は何だろうか。


「……――ッ!?」


浮かんでは消える案に思いを馳せ、歩いていると、突然視界が翳り、ナハトは足を止めた。殺気だ。それも異様に強い。
何処から向けられているものか、考える間も無く目の前に黒い鳥が現れ、ナハトの眼球目掛け嘴を向けて来た。咄嗟に横に飛び、寸での所で回避する。標的を捉え損ねた鳥はぎゃあと醜い鳴き声を上げ、数度羽ばたいた後、虚空で霧散した。
夜に活発に動く鳥は居ない。故に、深夜であるこの時間帯に姿を現す事は先ず有り得ない。ならば今現れたのは何か。深く考えずとも、ナハトには直ぐに分かった。懐かしく、好ましく、憎たらしい。影のカラス。そして、それを操っているのは。


「見たかいシトリー。とても不愉快な生き物が居るよ」
「嗚呼、本当だな。如何しようも無く不快な生物だ」


ナハトの視線の先、路地へと続く暗闇の奥から、二つの人影が囁き合うにしては些か大きな声量で言葉を紡ぎ、現れる。片方は金色、もう片方は銀色の髪。全く同じ見目で、冷ややかな殺意を向けて来る。カラスを操っていたのは銀色の髪の方。彼等は、ナハトが良く知る双子だった。


「よう、久し振りじゃあ無ェか」


葬儀屋のシトリーと、レライエ。何時の間にこんな近くへ来ていたのか。気配を全く感じなかった。攻撃を仕掛けて来たのは、ナハトを敵と認識した為か。
久し振り、と声を掛けられた二人は、表情も変えず、嫌悪感を剥き出しにしてナハトを見詰める。二人の青い双眸に宿る暗い感情は、普段の彼等を知る者が見れば恐怖で身が竦んだだろう。何処までも冷たく、突き刺さる様な眼差し。表情が変化していれば、分かり易い嫌悪、憎悪として受け止めやすかった筈だが。二人がそれをしなかったのは、ナハトに対し、言葉だけでは語り尽くせない、深い遺恨が有るからか。




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