3

満天の星空の下、誰も使う者が居なくなった廃墟ビルの屋上。
狙撃用の銃を手に、ニュクスは眼下で蠢く人の流れを見詰めていた。真黒なスーツに身を包んだ男達が、一人の男を囲い、移動している。囲われ、中心を歩く男は彼等の主人だろうか。彼等とは対照的な真白なスーツを着た、いかつい壮年の男。その佇まいから、堅気で無い事は明らかで。酒場の建物を出て、道路に付けられている車へ向かおうとしている所だった。
ニュクスは今立っている場より少し前へと進み、身を乗り出して屈み込んだ。持っている銃を構え、スコープを覗き込み、標的である白いスーツの男の頭部に狙いを定める。動く標的を狙撃するのは難しい。チャンスは一回限り。外してしまえば、男達は逃げ、仕切り直しとなる。
標的の行動を把握し、狙撃出来る場を見付け、待機してその時を待つ。其処までの『舞台』を整えるのは決して容易な事では無い。今まで築いて来た苦労を無駄にしない為にも、この一発勝負を外す訳にはいかない。
今回の仕事は、とある要人の暗殺。依頼は月桂樹のマスターの紹介。報酬の金額が魅力的だったが為に、引き受けた。マスターはジェレマイアの同行を勧めたが、一人の人間の暗殺ならば必要無いと、ニュクスは敢えて断った。
覗き込んだスコープの先に、標的の男が映る。彼との距離は射程範囲内。後はトリガーを引き、発砲するだけ。けれど失敗は許されない。銃を持つ手と、トリガーに添えられた指先に全神経を集中させ、ニュクスは『その時』を待った。


――今。


心の中でタイミングを計り、ニュクスは指先に力を込め、トリガーを引いた。銃口より放たれた弾丸は真っ直ぐに男目掛け、飛んで行く。その速度故、目視する事は叶わないが、軌道は正確。狙い通りに放たれ、スコープの先に居た男の頭部にめり込んだ。
狙撃は成功。頭を撃ち抜かれた男はその場に倒れ、絶命した。周囲に居た男達は、突然の事に驚き、何やら叫び声を上げている。けれどニュクスがそれに興味を持っている時間は無い。やるべき事をやったら、後は撤退するだけだ。もたもたしていれば、追手が来る。
銃を霧散させ、ニュクスは踵を返し、走り出した。階段を使って下に降りる事はせず、隣接するビルの屋上へ助走を付けて飛ぶ事で移り、その場を離れる。未だ彼等には、己がやったと気付かれていない筈だ。姿を見られる前に遠くへ逃れ、撒いてしまえば此方のものだ。逃げるルートは事前に調べてある為、其処まで苦労する事は無いだろう。
二つ、三つとビルを跨ぎ、狙撃した場から離れた所で、階層が低くなったビルの屋上から外付けの梯子を使い、下へと降りる。途中で切れた梯子から、大量のゴミ袋が積まれた所へ飛び降りれば、其処はビルとビルの間に有る、細く暗い路地だった。此処まで来れば、焦って逃げる事は無い。
着地の際、クッション代わりとなったゴミ袋は、ニュクスの体重により拉げ、へこんでしまった。ゴミを回収する者達が来れば、その奇妙なゴミ袋を疑問に思う事だろう。けれどそれについて考えるのも一瞬の事。収集車に投げ込まれてしまえばどのみち潰れるものだ。
この仕事は、追手を完全に撒く事で初めて完遂となる。故に、気付かれてしまうと面倒な事になる。もう撒けただろうと、ニュクスがそう思っていた矢先、遠方より複数の男達が己を探している声が聞こえて来た。
身を潜め、遠ざかるのを待つべきか。ニュクスが悩んでいる間にも、彼等の声は徐々に近付いて来る。数は10人程。相手をしようと思えば出来ない数では無い。先程の様子を見ても、彼等の中に魔術師や魔法使いらしき人物は存在しなかった。異端者は分からないが、先に此方から仕掛けてしまえば何とかなるだろう。
考えを纏め、両手に拳銃を握り、彼等の声がする方へと向かう。建物の陰に身を寄せ、僅かに顔を出し、先を見据える。其処に立っていたのは3人。ニュクスは躊躇わず、銃口を彼等へ向けると直ぐに発砲した。


「……ッ!?居たぞ、こいつ……――ッが!」


発砲音に気付き、3人の内の一人が声を上げるも、直ぐに額を撃ち抜かれ、後方へと倒れる。続いて残りの二人も同様に撃ち抜き、全て一撃で仕留めたニュクスは、その儘倒れた男達の横を抜け、更に先に居るだろう刺客を探し、駆け出した。
少し走った先に、また2人の男が立っていた。手に持っているのは拳銃と、火炎放射器だろうか。大層な武器を持っていると思ったが、それを放つよりもニュクスの銃撃の方が早い。そも、火炎放射器はまだしも、銃でニュクスと戦う等、彼を知る者からすれば愚の骨頂だった。
ニュクスに銃弾は通用しない。それは銃使いである彼の能力の一つなのか。他者の放つ弾丸は、ニュクスに被弾する前に発砲された際の威力を失い、重力に倣って地面へ落ちる。例え強大な威力を持つ銃でも、如何な近距離で撃とうとも。ニュクスに傷を付ける事は叶わない。
それはまるで、『銃使い』と呼ばれるニュクスが全ての銃の王でもあるかの如く。この世界に存在する、ありとあらゆる銃を生み出し、無限に放つ彼に、人の力で作り出された銃は恐れをなすのだと。彼と対峙した者達は密かに囁き合った。


「あーあー、面倒臭えったら無ぇな」


進む先に、追手となる者達が次々とやって来る。それらを全て手に持つ拳銃で倒して行くのだが、10人程だと思っていたそれは、気付けば20人を超えていて。先程殺した男は、依頼人によればとあるマフィアのボスであると言う。組織が如何程の大きさかは知らないが、短時間の内にこれだけの追手を出すと言う事は、それなりに規模の有る組織なのだろう。よくもボスを。ボスをやったのはお前か。生きて帰れると思うな。現れる男達の放つ怒声を適当に聞き流し、ニュクスは発砲を続けた。怯めば隙が生じる。この程度で萎縮する様な精神は持ち合わせて居ないが、油断は出来ない。ただ、良い加減面倒になって来た。


「ぶっ飛ばしてやるよ」


予想以上の追手に対し、拳銃で少しずつ倒していくのは効率が悪い。そう思ったニュクスは、一度手に持つ銃を霧散させ、その場に巨大な重機関銃を『呼び出した』。長大な銃身を抱える様にして握り込み、銃口を目の前から走って来る彼等へ向け、狙いを定める。突然現れた凶器に追手の男達は驚き、中には危機感を覚え、踵を返して逃げ出す者も居た。だが、ニュクスが出した銃がそんな者達を逃す筈も無く。
獣の咆哮にも似た轟音と共に、無数の銃弾が彼等に向かい、飛んで行く。現れる男達を一瞬で蜂の巣にし、最後の一人を撃ち殺した所で重機関銃を止め、ニュクスは周囲の気配を探った。今居る場は、南エリアの中でも寂れた場所であり、廃墟と化した建物が数多く建ち並ぶ。一般人が巻き込まれる心配はまず無く、それ故にニュクスは敵の掃討に重機関銃を持ち出した。


「嗚呼、クソッタレ。手こずらせやがって」




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