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「何か、ご希望は御座いますので?」
「そりゃア好みの美人が居れば落とすさ。銀髪だったら尚良いが」
「ふふふ、本当にナハト様は銀の髪がお好きで」


傍らに控え、立つグレモリーがナハトの言葉を聞き、肩を揺らして笑う。彼の嗜好は分かり易い。自他共に認める銀髪好き。見目の良い者ならば男女問わず尚良いと。オークションや市場でも、優先的に取引をするのは決まって銀色の髪を持つ者達だった。
二人で何気無い会話を続けていると、周囲の照明が暗くなり、オークションが始まった。中央の広場で司会である男がマイクを手に立ち、その日集まった商品の紹介とオークションの駆け引きを仕切る。集まった客の購買意欲を煽ろうと様々な言葉を用い、出品される商品の魅力を語る。すると、競売に入った所で参加者達が何度も高い数字を出し合い、激しく競り落として行く。未だ開発されていない処女や、少女の様な外見の少年、熟年の美女に、がっしりとした体躯の青年。様々な種の人間が売りに出され、新たな主となる者達に買われて行く。
ナハトはその様子をただ眺めるだけで、競売に参加しようとはしなかった。出て来る商品は皆、それなりに魅力の有る者達だが、どれも欲しいと言う思いにまでは至らない。言ってしまえば商品としては平凡で、ナハトが『飼っている』者達と大差無い様に見えた。
大金を出して買う価値のある商品が出てこない。そう思いつつ、出品され、売られて行く商品達の顔を眺めていると、今までよりも一層大きな司会のアナウンスが会場内に響き渡った。


「さあ、本日最後!そして最大の目玉!これを逃すと次は有りません!」


どうやら、次が最後の商品となるらしい。興奮した様子で語る司会の姿を見て、それまで退屈気味だったナハトは漸く面白いものが出るかと、軽く身を乗り出し、広場を見た。


「出品者はミスター・フンバッツ!王国から仕入れたと言う白銀の美青年!細くしなやかな体に、透き通った瑠璃色の瞳!しかも未開通と来たものだ!これをどう調教するかは貴方次第!さぁさぁ、10から開始しましょう!入札を希望される方はお早めに!」


司会の男が紹介する、その直ぐ横には、彼の言う目玉の商品が座っていた。背中まで伸びる白銀の髪に、白い肌。虚ろ気な瑠璃の双眸。会場の視線が其処に集中し、歓声が上がる。今までに無い『美品』の登場に、入札する者達の声が瞬く間に飛んだ。
商品である青年は全裸で床に座り込み、自身に掛けられる値段を黙って聞いている。その姿を眺めていたナハトは、僅かに眉を寄せ、傍らのグレモリーを突付き、訊ねた。


「あれが目玉か?」


確認の為の問い。だが、その言葉には明らかな不満の色が滲んでいる。グレモリーはそれに気付き、如何かしたのかと彼の方へと向き直った。最後に現れたのは、彼が大好きな銀の髪を持つ青年。見た目も彼好みの様だが、何がいけないのかと。聞き返すよりも先に、ナハトが言葉を続けた。


「銀髪をウリにしてるにしては艶が無い。顔は悪くねぇが、体が貧相だ。餌ァ、ちゃんとやってるのか?」


成程、と。グレモリーは納得し、苦笑する。ナハトは商品の質が悪い事を不満に思っているのだ。この場で奴隷として売り出すならば、もっと状態を良くしなければと。確かに彼の言う通り、青年の髪には艶が無く、毛先は傷んでいる。司会者の言う、しなやかな体は、十分な栄養を摂取していないのだろう。肋骨が浮いており、細過ぎる位だ。現在進行形で付けられている金額はどんどん高くなっているが、其処までの額を出す価値が有るかと問われれば、ナハトは首を振る。本来の魅力が半減している。未開通で調教のし甲斐が有ると言えば聞こえは良いが、健康管理の手間を考えると購買意欲は削がれる。


「おやおや、あれはお気に召しませんでしたか」
「あー、要らねェな。あれなら今飼ってる奴等の方が素体としては優秀だし。調教のし甲斐も無さそうだ」


金持ちの豚共に買わせてやる。そう言って、ナハトは入札をしない意向を示し、つまらなさそうに嘆息した。
グレモリーはそんなナハトの姿に苦笑した儘、『それは残念』とだけ呟き、オークションの行く末を見守った。最終的に、商品はある富豪の手によって落札され、会場内に響き渡る拍手と共に閉幕した。落札された商品は鎖に繋がれ、屈強な男達に引き摺られる様にして会場から去って行く。その後ろ姿を見詰め、ナハトは誰に言うでも無い呟きをぽつりと漏らした。


「銀月に勝る銀髪ってのは……そう居ねえもんだ」


恋い焦がれていると言っても過言でない、白銀の月。
長く艶やかな銀の髪に、整った顔、七色に煌く双眸。強く、気高く、美しい。全てに於いて完璧な――ナハトが追い求める存在。過去に幾度も『捕獲』し、『調教』を施し、そして『解放』した。気に入った対象にのみ、己を欲する様になるまで行う、彼が生み出した独特の手法。だが、彼――時に彼女――は、何時になっても己に懐かず、常に抗い、誇り高い存在であり続ける。
それがナハトにとって最高に面白く、同時に不愉快でもあった。如何すれば、銀月は己を求める様になるのか。何処まで愛し、手を尽くせば、その存在を手に入れられるのか。
目的は、高く、遠い。けれどナハトは諦めず、また彼を捕らえる計画を練り、実行する。何時か此方からでは無く、向こうから求めに来る様になる、その時まで。


「そろそろ、捕まえに行くか」


名を口にした事で、欲する気持ちが一層強くなった。その事実に苦笑しながら、ナハトはグレモリーに別れの言葉を告げると、未だ拍手鳴り止まぬオークション会場を後にした。




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