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南エリアの歓楽街に有る、大型カジノ『PASSACALIA』
ネオン煌く夜の街でも一際目立つその施設は、中立都市でも有名な会員制の娯楽施設だ。
トランプ、ダイス、ルーレット、スロットマシン。様々な種のゲームが揃い、老若男女を問わず、一攫千金を狙う多くの者が出入りする。巨大な建物の中、賭博以外にもダンスホールやバー、ビリヤード、ダーツ等の設備も有り、楽しむ要素に事欠かない。セキュリティ対策も万全で、客の安全が保障されている。営業は二十四時間、年中無休で、看板のライトが消える事は無く、眠らない街の象徴となっている。
尤も、これらの要素は全て『表向き』のものであり、その影に隠れる真の姿を知る者は少ない。治安の悪さに定評の有る南エリアの、それも歓楽街に有る施設ともなれば、勘の良い者ならば大体察する事は出来るだろう。だが、実際に裏側を覗く事が出来る人間は、ごく一部に限られている。
夢と、希望と、野望。欲に踊らされ、金に笑い、泣かされて。今日も人々はPASSACALIAに集い、博打に挑む。


その夜、一人の男がPASSACALIAに現れた。
結い上げた長い漆黒の髪に、深く鋭い緑の瞳。漆黒の衣の上より純白の毛皮を羽織り、腰には複数の手錠を下げ、歩く度に高い金属音が鳴る。耳を始め、目元や口に無数のピアスをし、揺らす姿はどう見ても堅気の人間のものではない。
入口を潜り、カジノのホールを抜け、奥へと進む。途中、スロットが当たり大喜びする者の歓声や、ポーカーで全財産を使い果たし、泣く者の声が聞こえたが、まるで興味が無いかの如く聞き流し、男はある一点を目指し、ブーツのヒールを鳴らしながら歩いた。
やがて男は緞帳によって隠された、或る扉の前へと辿り着いた。明らかに他とは異なる雰囲気を醸し出す、外れの空間。其処に立つガードマンに、男は懐から金色のカードを取り出し、片手で掲げて見せた。精巧な細工が施されたそのカードは、PASSACALIAの会員証だ。会員証はランクによって複数の色に分けられており、男の持つそれは最上級――所謂VIPの証であり、今居る場の通行証となるものである。
掲げられた会員証が偽物で無い事を確認すると、ガードマンは何も言わずに緞帳を上げ、中に隠されていた扉を開けて男を通した。扉の先は小さなエレベーターホールになっており、男はガードマンに見守られながら、下層へ行く為のボタンを押した。
エレベーターに乗り、扉が閉まると、ずしりとした感覚と共に下へ降りて行く。そう長くない時間を経て、短い到着音と共に扉が開いた。


「お待ちしておりました、ナハト様」


エレベーターを降りると、直ぐ目の前に初老の男が立っていた。きっちり整えられた白髪に、蓄えられた髭。グレーのスーツに身を包んだ彼は、男に向かって恭しく頭を下げて来る。
ナハト、と呼ばれた男は、その初老の男に対し緩く手を振って応えると、彼に案内される儘、深紅の絨毯が敷かれた廊下を歩き、奥へ進んだ。やがて両開きの重厚な扉の前へと辿り着くと、案内人を務めた男へ労いの言葉を掛け、自ら手でそれを押し開け、中の空間へと足を踏み入れた。
扉の先は、上階のカジノホールに似た広い空間だった。高い天井の下には階段状の客席が円を描く様に展開されており、フェンスを挟み、中央部は開けている。客席には既に多くの人間が座しており、写真が掲載された書類を手に何かを待っている。


「これはこれは。ナハト様、お久し振りに御座います」


座席の一つへ向かおうとして、ナハトは背後から声を掛けられ、足を止めた。振り返った先には、先程の初老の男とは異なる、若い男が立っていた。肩に掛かる長さの金色の髪は先端部分が赤く染まり、白いファーコートの上で軽やかに揺れる。細くすらりとした出で立ちだが、顔はにたにたと笑っており、翡翠色のぎょろりとした目も相俟って少々不気味な印象を受ける。
PASSACALIAのオーナーにして、支配人。グレモリー、と人々は呼んでいるが、彼の本名が実際にそうであるかは定かでは無い。


「嗚呼、悪ィな。遅くなっちまった」
「問題御座いません。間も無く始まります故、どうぞ此方へ」
「何だ、特別席でも用意してくれてンのか?」
「ええ、ええ。何といってもお得意様ですから……ねえ?」


にぃ、とグレモリーが尖った犬歯を見せ、笑う。自身を特別扱いする彼に対し、ナハトも悪い気はせず、言われる儘、用意してくれたと言う特別席へと足を運んだ。間も無く始まると言う、『それ』が良く見える、他よりも優遇された席。高給な素材を使った椅子に腰を下ろすと、ナハトは足を組み、肘掛けに頬杖をついてその時を待った。
これから始まるのは、地上の施設に居る者達は知り得ない、特殊な『イベント』である。
ナハトが居るこの空間は、PASSACALIAのVIP会員のみが参加を許される、特別な会場だ。中央の広場では日替わりで様々な催し物が開かれ、客となる者達は周囲を囲む席でそれを眺め、時に参加する。内容は異端者同士が殺し合い、それに金を掛けて楽しむ『闘技場』や、違法な手段で手に入れた品々を売り捌く『オークション』等、南エリアの闇を集約したものばかりであり、日々多くの金品、命の取引が行われている。『娯楽の墓場』とも呼ばれるこの地下施設こそ、PASSACALIAの裏の――真の姿と言えよう。


「目ぼしい『商品』が有れば良いんだけどなァ」


今宵行われるのは、『奴隷』と称される者達のオークションだった。ヒトでありながら、ヒト以下の扱いを受け、愛玩用に飼育、調教された者達が売りに出される。
ナハトの目的は、その中で己が好みとなる存在を競り落とす事だった。本来ならば『売り出す側』の人間だが、今回は敢えて買い手に周り、他者が出品する奴隷を吟味し、良いのが有れば買って帰る。そのつもりで会場を訪れた。




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