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「……別に、使おうって気持ちにならねえだけだ」


他人の武器に興味を持った事は有れど、使ってみたいとは思わなかった。魔術もそうだ。有れば便利かも知れないが、無いなら無いで何とかなる。
リュウトの問いに淡々とした調子で答えると、彼は如何とも言えぬ笑みを浮かべ、『そうか』と短い呟きを漏らした。何か言いたそうな顔をしていたが、ニュクスは敢えて言及せず、焼き上がった魚をリュウトに差し出した。
焼けた魚の香ばしさに、空っぽの胃が早く中に欲しいとばかりにきゅるきゅると鳴る。今し方感じていた疑問は取り敢えず思考の隅へと追いやり、リュウトは腹から齧り付いた。


「うっまー。皮はぱりぱり、肉はふっくら。堪んねえな」
「酒も有って最高だってか?」
「ほんとそれ」


満足気に笑いながら魚を食べて行くリュウトを見つつ、ニュクスも控えめに魚を齧る。こうして屋外で自然の食材を食べるのは久し振りだ。家での自炊や、マスターの店で出されるそれとは違った良さが有る。


「贅沢を言うなら、ご飯とか野菜とか……肉も欲しいよなぁ」
「本当に贅沢だなおい」


其処まで来ると本来の目的を忘れてしまっていないか。己等はマスターが指定した食材を求めて此処へ来た。アウトドアを満喫する為に来た訳では無い。食べ終わったら食材探しを再開しなければならないのだが、酒を飲み、幸せそうにしているリュウトを見ていると、一抹の不安が頭を過ぎる。この儘黙っていると、先程まで集めていた食材を全部食べてしまうのでは無いかと。


「お前、目的忘れて無ぇよな?」
「んえ?忘れてねえよぉ。食材探し、だろ?後はジビエをさぁ……」


何とか出来れば。リュウトがそう言いかけた所で、ニュクスは背後に異様な気配を感じ、表情を強張らせた。殺気とも取れる、けれど人のものでは無い存在。得体の知れないそれを警戒し、食べかけの魚を投げ捨て、代わりに小型の銃を握り、気配のした方へ振り返った。


「……、熊?」


振り返った先に居たのは、一匹の黒い熊だった。ずんぐりとした巨体は立てば二人と同じ位の背丈となるだろうか。顔は小さく、目が丸い。愛嬌が有る様に見えるが、実際は力強く、素早い、獰猛な獣だ。森の主と言っても良い。此方を見て、低い唸っている。魚の匂いに誘われて来たのだろうか。


「おおー、大物じゃん」


熊の姿を見たリュウトが、喜びにも似た声を上げ、魚の無くなった串を投げ捨て、立ち上がる。嬉々とした表情で熊の方へと向かい、互いの距離が数メートルの所で止まって対峙すると、両手を胸元で組んで鳴らし始めた。


「銀月、おれがやるよ」
「……は?」


リュウトが紡いだ言葉の意味を一瞬理解出来ず、ニュクスは間の抜けた声を上げる。まさか、やり合うつもりなのか。銃口を熊へ向けた儘、リュウトの方を見遣ると、彼はやる気満々と言った様子で正面の熊と睨み合っている。この様子だと、リュウトは得物である剣を使わず、素手で挑むのだろう。幾ら腕っ節に自信が有ると言っても、無謀な行為だ。鋭い爪と、強い力を持つ熊に対し、人間が丸腰で挑む等、正気の沙汰ではない。馬鹿か、阿呆か。ニュクスの銃ならば簡単に倒すなり追い払うなり出来る筈なのに。


「最近体が鈍ってるからさぁ。ちょっと運動したいんだ」


だが、リュウトは普通の人間よりも高い身体能力を持っている。五感に優れているだけではない。跳躍すれば建物の屋根まで届くし、その気になればあのシトリーに勝るとも劣らない怪力を出す事が出来る。体も頑丈で、怪我をしても持ち前の再生能力で人よりも早く治癒する。それらは全て、ニュクスの知る人間の範疇を超えていた。
それ故に。軽い運動の感覚で熊に挑むのだろう。熊は余裕の有るリュウトの姿が気に入らないのか、先程よりも大きな唸り声を上げ、彼を睨んでいる。空腹で気が立っているのだろう。敵意を剥き出しにし、殺気を隠そうともしない。


「……喰われたら置いて帰るからな」
「そんなヘマしないって」


物騒な物言いに対し、リュウトは笑いながら言葉を返す。
ニュクスが溜息混じりに銃口を下ろし、霧散させると、それを合図とし、リュウトは熊に向かって駆け出して行った。




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