8

「こんだけ沢山食材持って帰れば、マスターも喜んでくれるだろうなぁ」


キノコに、魚に、木の実。持って来た冷蔵ボックスに入れれば、結構な量となる。指定された食材を多めに持って帰れば、例のツケに対してマスターも寛容になってくれる筈だ。
満足気に笑うリュウトは、今し方釣り上げた魚をニュクスに見せびらかす様に掲げると、そこで不意に、自身の腹の虫が小さく鳴っている事に気が付いた。


「なあなあ、銀月」
「あ?」
「おれ、腹減った」
「……、腹?」


そう言えば北エリアに来る途中、立ち寄った中央エリアで軽食を摂ったきり、何も食べていない。空腹を訴えるリュウトに対し、ニュクスもそれまで忘れていたとばかりに瞳を見開き、小さな声を漏らす。


「……魚食うか」


腹が減っては戦は出来ぬ、と。昔誰かが言っていた気がする。今丁度、目の前には釣り上げた魚が居る。今この場で何匹か食べても、持って帰るには十分な数が残る筈だと。ニュクスがリュウトの方を見遣ると、彼もまた同じ事を考えていたらしく、直ぐに頷いて見せた。




ナイフは持って来て居たが、魚を捌く為のまな板は無い。代用品は渓流に転がる岩――中でも特に平たいもの――だった。
岩を適当に洗い、ニュクスが生け簀に入れてあった魚を取り上げ、ナイフの背で頭を叩いて気絶させる。動かなくなったのを確認してからその腹にナイフを突き立てる。中の内臓を取り除く作業を慣れた手つきで行い、最後に、背骨付近に有る血合いを渓流の水で洗い流した。


「銀月ー、枝探して来たぞー」


顎を開き、鱗をナイフで簡単に削ぎ落とした所で、串の代用品となる枝を探していたリュウトが戻って来る。ニュクスはそれを受け取り、準備が出来るまでの間、リュウトに火を起こす様言い付けた。薪となる枝を適当に集め、煙草用のライターを使って火を灯せば簡単だと。懐から愛用のライターを取り出すと、リュウトに放り投げ、串焼きの為にナイフで貰った枝を整える。
リュウトは周囲に有った石を積み上げ、簡易な竈(かまど)を作ると、その中に枯れ枝を集めて纏め、更に燃えやすくする為の落ち葉を適当に間へ入れ、ライターで火を点けた。枝が少し湿気って居た為、最初の燃えは余り良くなかったものの、暫くするとぱちぱちと音を立てて燃え上がり、竈を温め始めた。
炎が落ち着くと、ニュクスが枝で串刺しにした魚を竈の前の地面に突き刺し、固定する。塩が塗されたそれは、時間の経過と共に焼き色が付き、食欲をそそる何とも言えない香りを周囲に漂わせた。


「塩、持って来てたのかい?」
「マスターが一応持ってけって持たせてくれた」


もしかしたら、マスターはこうなる事を予測し、持たせてくれたのかも知れない。南エリアを発つ前に、マスターが渡して来たサバイバル道具の一式を思い返し、ニュクスは苦笑する。己等の行動を読んだ上で、用意を周到にこなす。マスターの技量には勝てる気がしないと。同時に、マスターに対して或る疑問が浮かぶが、それについてはこの場では深く考えず、ニュクスは魚と火の番を続けた。


「ところでさぁ、銀月」


もう少しで魚が焼き上がる。そう思ったのとほぼ同時に、リュウトがニュクスに声を掛けて来た。


「何だよ、飲兵衛」
「変な事聞く様だけど、何でお前は刃物を持たないんだい?」


刃物、と言うのは戦闘で使用する武器の事を指すのだろう。銃使い、と呼ばれる通り、ニュクスが使用する武器は銃だ。一度戦闘になれば直ぐにその手中に様々な種の銃を具現化させ、発砲する。何時でも、何処でも、どんな時でも行使出来る、非常に便利な異端の力。
それ故に、ニュクスは普段から武器を持ち歩かない。ジェレマイアも常に丸腰だが、彼は基本的に争いを好まない。身を守るにしても、魔法使いとしての能力が有る為、それだけで十分だと、以前話していたのを覚えている。好戦的で血の気の多いニュクスが、幾ら便利な力を持っているとは言え、何の武器も持たないのは何故なのかと。


「何で今それを聞くんだ?」
「いやぁ、さっきの魚の捌き方、すっげえ綺麗だったからさ。ナイフとか剣とか、そう言うのも上手く扱えそうじゃん?でもおれ、お前が銃以外の武器を使ってるの見た事無いし」
「…………」


如何な状況下に於いても、ニュクスが銃でない武器を持っている姿は見た事が無い。先のナイフ捌きを見る限り、使えない、と言う訳では無さそうだが、その理由は何なのか。リュウトは純粋な好奇心から、ニュクスにそう訊ねた。




[ 48/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -