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リュウトは両手で糸を張り、脅しの言葉を返して来るニュクスに『冗談が通じねえなぁ』と言って笑い、竿となる枝を探すべく森の奥へと入って行った。深い緑に囲まれたこの空間は、都会の喧騒や澱んだ空気を忘れさせてくれる。時折聞こえる小鳥の囀りに耳を傾けながら、リュウトは鼻歌混じりに地面に転がる木の枝を物色した。太さ、長さ、そして強度。全ての項目をクリア出来る枝は、思っていたよりも早く見付かった。倒木の傍に転がっていたそれを数本拾い上げ、ニュクスの元へと戻ると、彼は糸に針を括りつけている最中だった。


「有ったぜ。これで良いだろ?」
「嗚呼、上等だな」


差し出された枝を受け取り、状態を確認したニュクスは、直ぐにそれの先端へ針の付いた糸を結び付ける。手作り感の有る、少々不格好な釣り竿となったが、今この場で使用するには十分だった。


「ところで餌はどうすんの?ミミズ?」


釣り竿は完成した。しかし、針に付ける餌は一体如何するのか。
純粋に浮かんだ疑問を投げかけると、ニュクスは急に固まり、沈黙した。練り餌の様なものが有る、と言う訳では無さそうだ。製作した釣り竿と同じく、餌も現地調達となるのだろう。だが、リュウトが口にしたそれは、ニュクスが苦手とする生き物の一つだった。


「…………」
「あれ、どうした?」
「お前、釣りやれ。俺は木の実探しに徹する」
「は?何で?どうして?」


虫は嫌いだ。触る事は勿論、出来る事なら視界に入れたくない。釣りの餌とするならば、生きたミミズを針に付けなければならない。うねうねと動くあの生き物に触れ、その身に針を刺す等、考えるだけで怖気が走る。
突然の振りにリュウトは戸惑うも、ニュクスは構う事無く釣り竿を彼に押し付け、渓流の有る方向を指差す。良いからさっさと行け。そして大物を釣って来い。有無を言わさぬ言動だった。


「……まぁ、良いけどさあ」


二人同時に同じものを探すより、分かれて別々の食材を探す方が効率が良い。そう言う事なのかと、リュウトは首を捻りつつもニュクスに言われる儘、釣り竿を持ち、渓流に向かう。途中、日陰であり、地面が湿っている場所を探すと、其処に転がる大きな石を退かし、餌となるミミズが居ないかと土を穿り返す。ミミズは直ぐに見付かり、太く立派なものをつまみ上げ、掌に乗せて運んだ。
渓流に辿り着くと、魚が泳いでいそうな場所を探し、水の流れが比較的穏やかな所で腰を下ろし、釣り針に今し方見付けたミミズを付ける。流石に丸々一匹付けるには針が小さ過ぎる為、リュウトは爪を使ってミミズの体を分断し、蠢くそれを器用に針に指し、取り付けた。それから、釣れた魚を一時的に保護する為の空間を作ろうと川の端に石を積み、簡易な生け簀を設営した。バケツを持って来れば良かったと、今更ながら後悔するが、こればかりは仕方が無い。
準備が出来ると、岩の上に腰を下ろし、釣り糸を水面に垂らす。リュウトが見た限りでは、それなりに大きな魚が泳いでいる。通常の人間では目視し辛いだろう、水中の魚の動きも、視力の良いリュウトには手に取る様に分かった。こう言う時、五感が優れているのは便利で、有り難いと思う。水筒代わりの瓢箪に入れて来た酒をちびちびと飲みながら、リュウトは魚を待った。


「お、一匹目ー」


水の流れに任せ、ゆらゆらと揺れていた糸が、突然ぴんと張られ、強い力で引っ張られる。魚が掛かったのだと判断したリュウトは、直ぐに竿を持ち上げ、一瞬で釣り上げた。水中から現れた、金色に煌く魚が宙を舞い、リュウトの傍の地面に落ちる。ぴち、ぴちと元気に跳ねるそれを掴み、口に刺さっている針を抜いて外してやれば、その儘生け簀の中へと放り投げる。
餌が無くなった針には再びミミズを取り付け、同じ様に水中へと放った。釣りをするのは久し振りだ。その為、感覚が鈍っているのではないかとも思ったが、魚が食い付く瞬間は手に取る様に分かる。今の所、問題は無さそうだ。
二匹目も直ぐに釣り上げ、一匹目が泳ぐ生け簀の中へと投げ込む。活きの良い魚は生け簀の中で時折跳ね、水滴を飛ばして来る。皮膚に掛かる水の冷たさに小さく笑いながら、リュウトは更に針に餌を付け、垂らしてやった。


「おう、釣れてるか」


それから釣りを続けていると、暫くしてニュクスが籠いっぱいの木の実を抱えてやって来た。大小異なる赤や紫、黄色の実。籠の中に収まるそれは、どれも美味しそうに見える。リュウトが釣りをしている間、宣言通り探して来たのだろう。それにしても随分沢山採ったものだと、リュウトは感心した。


「見ての通りだよ」
「……結構釣れてるじゃねえか。上出来だ」
「だろー?」


指差した先にある生け簀の中には、十匹近い魚が泳いでいた。ニュクスと別れ、釣りを始めてからの時間は、そう長くは無い。短期間で釣った数としては、大漁と言って良いだろう。
ニュクスに褒められ、リュウトが得意気に胸を張り、笑う。その間にも竿に魚が掛かり、リュウトはニュクスの目の前でそこそこの大きさとなる魚を釣り上げて見せた。




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