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「いやぁ、銀月のバイクは良いなぁ。もう着いちまった」


翌日。
マスターからの『おつかい』を頼まれたニュクスとリュウトは、指定された北エリアまでやって来た。
乗り合いの車や公共機関を使うのは面倒だからと、明け方にニュクスが運転する大型バイクの後ろにリュウトが荷物と共に乗る形で南エリアを出発し、中央エリアを抜けて来た。道中、車では抜けられない道を使い、これと言ったトラブルも無くスムーズに来れた為、当初の予定よりも幾らか早い時間の到着となった。
北エリアは、文字通り中立都市の北に有るエリアだ。ニュクス達が拠点としている南エリアと異なり、居住区域が少なく、人間は殆ど住んでいない。代わりに豊かな自然に恵まれ、エリアの大半が森林地帯となっている。出入りは自由だが、野生動物も数多く生息している為、一般人は余り寄り付かない。立ち入るのは、サバイバル能力が高かったり、異端や魔術等、相応の力を持った人間達だ。だがそれも決して多くは無い。


「お前、移動中位は禁酒しろよ」


深い森の中。獣道を走り、目的地となる開けた空間に到着したニュクスが其処で愛車となっている黒銀のバイクを降り、直ぐに後部席に跨っていたリュウトへ渋い表情で抗議する。リュウトは移動の最中も飲酒をしていた様で、彼の周囲には酒が持つ独特な香が仄かに――と言えば聞こえは良いが――漂っている。
運転中も背後から匂っていた。流石に香だけで酔う事は無いが、移動手段を提供してやっていると言うのに、自分は呑気に後ろに座し、酒を飲んでいる、その状態が如何にも気に入らない。


「えぇ〜?そんなのできる訳ねえじゃん」
「臭ぇんだよ。こっちが酔っちまう」
「ああ、酔い潰れたらおれがちゃんと介抱してやるから……」
「絶対嫌だ」


介抱どころか襲われる。にこにこしながら言って来るリュウトへ、ニュクスは即座に拒絶の意を示す。虫を払い除ける様に手を振って見せるニュクスへ、リュウトは心底残念そうな声を上げるが、いちいち構っていられない。好いているのは良いが、度の過ぎたスキンシップは勘弁して欲しい。


「それで、何から取るんだい?」
「マスターが言ってた、香りの良いキノコってのを先ず見付ける」


肩に掛けていた、採取した食材を持ち帰る為の冷蔵ボックスを下ろしながらリュウトが問う。片手で抱えるには少々大きなそれは、マスターが指定した食材を必要分入れても十分な空きが有る。此処で多めに食材を持ち帰れば、大幅なポイントアップとなるだろう。来たからには、大量の食材を手に入れ、持ち帰りたい。
リュウトの問いに対し、ニュクスは食材の一覧が書かれているメモを懐から取り出す。其処に書かれている食材の中で、今居る場で一番身近だと思う物を挙げ、地面に下された冷蔵ボックスを開けると、中に入れてあった採取用の小さな籠を取り出した。


「つってもなぁ、そう簡単に採れる感じのモンじゃねえんだよな……『針葉樹林の中に生えている。甘い香りが特徴』って、すげえアバウトだぞこれ」


籠の一つをリュウトへ押し付け、その中に採取したものを入れる様に言うと、ニュクスはメモに記載されている食材の詳細を見て、顔を顰める。フリーランサーと言う職業故、様々な種の仕事を請け負うが、食材採取と言うのは初めてだ。サバイバル能力はそれなりにあるものの、今回は余り役に立ちそうにない。


「どんな匂いがするのかねぇ?」


見た目が如何なものかも細かく書かれているが、そう易々と見付けられる様なものでは無さそうだ。ニュクスが悩んでいると、リュウトが背後からメモを覗き込み、見た事の無いキノコの匂いについて訊ねて来た。実際に嗅いだ事が無い為、どれ位甘くて、どれ位匂うのか。ニュクスには分からない。
如何にも答え難いと、顎を擦りながらリュウトの方へ振り返ったニュクスは、彼を見て暫くしてから思い付いた様に言った。


「お前、鼻良いだろ。地べた這い蹲って嗅ぎ回れよ」
「えー」


犬の様に探せと言う、ニュクスのそれに対し、リュウトが不満の声を上げる。常人よりも優れた身体機能を持つリュウトは、五感が鋭く、鼻も良い。普通の人間では分からない様な匂いも敏感に嗅ぎ取る事が出来る。その能力を買ってくれているのだろうが、悪意を感じる言葉にリュウトは渋って見せた。
けれど実際、自らの鼻でなければ見付けるのは困難である事はそれとなく分かっており、『嫌だなぁ』と言いつつもリュウトはその場に座り込み、両手を地面に付いて更に上体を落とすと、鼻を鳴らし、その匂いを探し始めた。




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