4

自身の言い方も悪かったか。今度は誤解されぬ様、分かり易い言葉を用い、マスターがリュウトに説明する。すると、リュウトは素っ頓狂な声を上げ、具体的に何をすれば良いのかと聞こうと新たな酒を頼みながら聞き返した。


「簡単だ。料理で使う食材の調達だ。普段の買い物じゃ手に中々入らねえモンが幾つか有ってな。場所は北エリア。何がどれ位必要かは、メモにしてやる」


ちょっとしたお使いの様なものだと、マスターは手元に有ったメモ帳にペンでさらさらと何か書き始める。しかし、リュウトは酒の入ったグラスを抱え込んだ状態で困惑した表情を作り、渋る様に首を左右に振った。


「でもさぁ、そんなん言われてもオレどうやって探せば良いか分かんねえよぉ?北エリアなんて行った事ねーし、そもそも方向音痴だしさぁ……迷って帰って来れなくなったらどうするんだい?」


帰って来れなくなると言うのは些かオーバーな表現の様な気もするが、リュウトは面倒臭そうだと言わんばかりに唸り、メモを書くマスターの手元を眺めた。必要な食材とその数、更には何処に何が有るかを細かに書いてくれているらしいが、見知らぬ土地でそれ等を探すのは如何にもと。他の、もっとやり易そうな仕事にしてくれないかと訴えかける。
けれどマスターがリュウトの希望を受け入れる事は無く、食材の一覧を書き終えると親指を立て、その先を近くに座るニュクスへと向け、言った。


「ニュクスと行けば良い」
「はぁ?何で俺なんだよ」


突然の振りにニュクスが驚き、間の抜けた声を上げて抗議する。何で酔っ払いのツケを払う為の仕事に己が付き合わなければならないのか。
北エリアは遠い。現在居る南エリアから向かうには、中央エリアを跨いで行かなければならない。ニュクス自身、仕事で何度か足を運んだ事が有るが、歩いて行くには遠過ぎる。かと言って、公共の交通手段を使っても相応の時間を取られてしまう。その様な遠方へ、リュウトと共に行くメリットはまるで無い。
予想通りの反応だった。けれど、マスターには彼をリュウトへ同行させる為の切り札が有った。


「土地勘がそれなりに有る野郎と一緒の方が良いだろう。それにお前のツケも地味に溜まってんだ。まさか誤魔化そうとは思ってないよな?」


マスターの言葉に、ニュクスはぎくりと肩を震わせた。
ツケ。それは月桂樹の常連にのみ許されるその場凌ぎの制度であり、その日の手持ちが不安定なリュウトやニュクスは当たり前の様に利用している。リュウトは仕事で得た収入の殆どを酒代に費やす為、万年金欠だ。そして、ニュクスは平時はしっかり財布を持ち歩いているものの、何らかの事件、事故に巻き込まれて死亡し、蘇生した後は高確率で財布を紛失しており、全く金を持っていない状態になる。それでも月桂樹を訪れ、当たり前の様に料理と酒を注文し、ツケにするのだ。頻度は決して多くないが、塵も積もれば何とやらで。


「出禁になりたくなかったら、分かってるよな?」


今までのツケの分は全て記録してあるらしく、マスターは今までにニュクスが溜め込んだ額を新たなメモ紙に記載し、提示する。ゼロの数が一つ違うその額を見て、ニュクスは何も言い返せなかった。最近、仕事はそれなりにこなしているが、貯蓄はしていない。現在の持ち金ではとても払えなかった。
半ば……と言うよりはほぼ強制となった、リュウトの仕事の同行の要求に、ニュクスは力無く頷いた。流石に、逆らえない。月桂樹を出禁にされたら、飲みに行く場所が無くなってしまう。更に言えば、仕事が見付けられなくなってしまう。


「今日はもう遅いからな。明日行って来い。このメモはニュクス、お前が持ってろ。リュウトは直ぐに無くしそうだからな」


マスターはそう言って食材の一覧が記載されているメモをニュクスへ投げ渡した。




[ 44/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -