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ピンピンしている、と言うリュウトのそれに対し、マスターは冷ややかに突っ込みを入れる。ニュクスは二人のやり取りを横目に、リュウトの席から一つ椅子を開けた所に座り、マスターへ酒と料理の注文を付けた。良く行動を共にしているジェレマイアは、別の用事が入っているとの事で、今日はニュクス一人だ。軽口を叩き合う相手が居ないのは少々寂しい気もするが、それよりも面倒な飲んだくれが居る事の方が厄介だ。変な絡みをされる前に、退散した方が良いかも知れない。


「銀月、今日は女じゃねえのかぁ」
「悪かったな野郎で」
「本当だよなぁ。お前の柔らかおっぱいに埋もれたかった」
「させねえよ」
「あの巨乳の間に挟まって夢の世界に旅立ちたかったぞ」
「いっそ永眠しろ酔っ払いが」


さり気なく失礼な事を言ってくれる。今この場には存在しない柔らかな物体を妄想し、至極残念そうに溜息を吐くリュウトへニュクスは苛立ちを隠さず言葉を返した。『何なら今この場で女になってくれても良いんだよ』等と抜かされたが、それについては敢えて何も言わず、出された酒の入ったグラスを一気に煽る。
互いにつまみとして出された豆菓子を食べ、酒を飲んで同じ様な言葉の応酬を繰り返していると、やがて二人の目の前に出来立ての炒飯が出された。肉入りの炒飯を目の前にして、リュウトの目は輝き、ニュクスもまた、美味そうだとばかりに短い感嘆を呟く。
スプーンを手に取り、ほかほかと湯気の立つ飯の山に突き立て、掻き込む様にしてリュウトが食べる。口内に広がる柔らかな肉の風味に必然的に笑みが零れ、ひたすら美味い、美味いとがっついた。対し、ニュクスはもう少し落ち着いて食べられないものかと、少し離れた所で彼の様子を眺め、呆れた顔でスプーンを取り、食す。


「ところで、今日はタダにしておいてやるが……溜まってるツケ、払うアテは有るのか?」
「んー、無い」
「……だろうな」


黙々と食事をし、酒を飲み干した所で、マスターはリュウトに訊ねた。常連の一人である彼は、酔っ払って思考処理能力が落ちているからか、それとも本当に素寒貧なのか、何時も支払いをツケにし、逃げる。今日は行き倒れの真似事をして、奢ってもらう流れへ持って行ったが、それを差し引いても彼が今日まで溜め込んだツケの額は馬鹿にならない。
そして、リュウト自身から支払いのあてが有るのか聞いて見るも、返って来たのは予想通りの答え。彼らしいと言えば彼らしいが、今回はマスターも引き下がらない。あっさりと自らの手持ちがない事を告げるリュウトへ嘆息しつつも、その後に『だが』と、言葉を続けた。


「お前のツケ、大分溜まってんだよ。何時払う気か知らねえが、そろそろきっちり払って貰わねえとな」
「そう言ってなぁ……無いモンは無いし」
「無いなら体で払え」
「えっ、マスターを抱けば良い……へぐぅあ!?」


リュウトが言い終わるよりも先に、彼の顔面に拳が飛ぶ。マスターが客に対し、手を上げる事は滅多に無い。余程の事が無ければ動かない筈のマスターが反射的にリュウトを殴ったのは、彼の発言が相当気持ち悪かったからか。鉄拳がめり込んだ事で、痛そうに鼻先を押さえるリュウトを見て、ニュクスは如何とも言えぬ苦笑いを浮かべた。


「気色悪い事言ってると出禁にするぞ」
「いつつ……だってマスターが体で払えってー……」


違う、そう言う意味じゃない。ニュクスはそう突っ込んでやりたかったが、自分に絡まれるのも嫌だと思ったのか、沈黙を守り二人の様子を見守る。一瞬、裸で抱き合うリュウトとマスターの姿が脳裏を過ぎったが、余りにも酷い絵面に吐気と笑いが同時にこみ上げ、手元のお冷を一気に飲み、何とか誤魔化す。嫌だ。がっちりむっちりな二人が一糸纏わぬ姿でまぐわい、雄々しい声で喘ぐ等。そして、そんなヴィジョンが一瞬でも浮かんでしまった等と、本人達の前では口が裂けても言えなかった。


「働いて来いって事だ。直ぐに金になる様な仕事は今の所無いからな。手っ取り早い所で、食材探しでもして来て貰おうか」
「へ?食材探し?何それ」




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