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「いやぁ、まさか依頼を引き受けてくれる人が居るとは思いませんでしたよ」


仕事の依頼を受けた翌日の夕方。
ニュクスとジェレマイアは依頼人である男と共に馬車に乗り、その場所へ向かっていた。馬車、と言ってもそう立派なものでは無い。貧相な馬二頭で引いているのは、今にも壊れそうな小さな荷車だ。大人三人が座るには少々狭く、凹凸のある場所を通ると頻繁にガタガタと揺れた。
依頼人に頼まれる儘手綱を持ち、鬱蒼とした森の中を進むニュクスを後目に、小太りな男は向かいに座るジェレマイアに笑顔で声を掛ける。


「しかも片方は魔法使いさんと来たもんだ。心強いったらないね」
「や、そんな大それた存在じゃ」
「ご謙遜を。この先何か有っても魔法使いさんが居れば、きっと私を守ってくれると信じてますよ。何て言うんですかね、そっちの異端者の兄さんとは持ってる雰囲気が違うんですよ。私には分かります」


前に座るニュクスの背中を見ながら声を潜め、囁く様に言って来る男に対し、ジェレマイアは苦笑し視線を逸らす。男は小声で言っているつもりなのだろうが、ニュクスには間違いなく聞こえている。依頼を引き受ける際に、請け負う側の素性を明確にしなければならない為、こうなる事は分かっていたのだが。「向こうの国」の者達が異端者に対し排他的な思考を持っているとは言え、此処まで露骨だったとは思わず、ジェレマイアは如何したものかと内心頭を抱えた。ニュクスは短気だ。下手に刺激を与えると何をしでかすか分からない。異端者であると言う事を蔑まれる事には慣れているだろうが、ジェレマイアの中には心配する要素が幾つも有った。


「ところで、魔法使いさんの強さは語るまでも無いと思うんですが……異端者の兄さんはどうなんですか?強いんですか?」
「ええ、強いですよ。下手すると僕より強いんじゃないですかね」
「何をおっしゃいます、異端者が魔法使いに勝つなんて有り得ない話ですよ。足手まといになってませんか?」
「そんな事は……」
「ほら、魔法使いさんは魔法が有るから力とか関係無いでしょうけど、あの兄さんは見るからに線が細いじゃないですか。最初ねえ、女性かと思ったんですよ。失礼ですが」
「はあ……」


とても失礼な話だ。笑顔で語る男を見ながら、ジェレマイアはいよいよ困った。確かにニュクスはジェレマイア程では無いが細身だ。銀色の髪は長く、腰下まで伸びている。その上顔立ちは中性的で、遠目から見れば女性と間違われてもおかしくは無い。だが、それはニュクスも自覚が有り、地味に――否、非常に気にしている。余り突いて欲しくない次第だ。
男の方に顔を向けつつ、ちらりとニュクスの方を見遣る。気のせいだろうか、手綱を握る手が震えている。表情は分からないが、見ない方が良いかもしれない。
ニュクスは強い。それは相方であるジェレマイアが一番良く分かっていた。彼の持つ異端の力は圧倒的で、正面からまともにやり合おうとはとても思えない。相性が悪いだけなのかもしれないが、他の者とも比べてもその戦闘能力は高いと思った。


「そ、それで、貴方は今から行く所で何をするんですか?」


ニュクスが怒り出す前に話題をすり替えなければと、ジェレマイアは男に訊ねた。護衛任務とは聞かされていたが、男が護衛を雇い、何をしようとしているのかは書類に記載されていなかった。
純粋に浮かんだ疑問を男に投げると、男は言っていなかったかと瞳を見開き、肉付きの良い顎に片手を添えながら苦笑した。


「先日まで、私はこの辺りに住んでいました。小さな村でしたが、自然豊かな、良い村でした……奴等が来るまでは」


奴等、と男が口にした途端、その表情が暗くなる。対象が何なのかは、此処が国境地帯である事を考えれば大凡の見当が付く。ニュクスとジェレマイアは黙って男の話の続きを待った。


「帝国軍に襲撃され、村は壊滅。私は何とか逃げ延びましたが、妻と息子は奴等に殺されてしまいました」


略奪。
彼の国は上層部の意向なのか、侵略する国の全てを奪うつもりらしく、兵士でも何でもない、無抵抗な者達に対しても容赦が無い。手に入れられるものならば金品に限らず、手あたり次第に取り上げ、我が物とする。噂には聞いていたが、実際に遭ったと言う話を聞くと、無関係とは言え複雑な気持ちになる。


「今後の生活に使えるものとか、何かしら残ってれば良いんですけどねえ……恐らく期待出来ないでしょう。だったらせめて残っていそうな『思い出』を持って帰りたいと。そう思ったんです」


軍の侵略から逃れた男は、少し離れた所に有る町に避難している。そこには親戚が住んでいる為、暮らしに困る事は無い、ただ今までの生活が失われてしまった事が寂しく、悲しいと話した。同時に、男が依頼の為に用意した報酬は、その親戚から借りた金であるとも聞かされ、ジェレマイアは返す言葉に悩み頭を掻いた。情を移す様な真似はしたく無いが、此処まで話されてしまうと正直やり難い。いっそタダで仕事を請け負っても良いのではと思ったが、ニュクスはそれを良しとはしないだろう。


「そろそろ着くんじゃねえか?」


前を向いていたニュクスが二人の会話に割り込む様に言った。その言葉にはっとし、ジェレマイアと男が前方を見遣ると、木々の向こうに開けた空間が有るのが見えた。未だ距離が有る為何が存在しているのかは分からないが、表情を変えた男の様子から、其処が目的地だろうとジェレマイアは思った。


「随分静かですね」
「誰も居ないからだろ」
「それも有るでしょうけど……何だか嫌な感じがします」


不気味な程静かであると。ジェレマイアは目的地であると思われるそこを見て眉を顰める。けれどニュクスは手綱を握る手を離さず、その儘道なりに進んで行った。


「まあ、何も無い事を祈るんだな」




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