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「こン中に入ってる酒もあとちょっとしか無くてさぁ……でもそれ以上に腹が減ってさぁ」
「……飯をたかろうって魂胆か」
「うん」


腰に下げている酒瓶代わりの瓢箪を見せ、事情を説明する。店の前に倒れたのは、マスターが買い出しに出て直ぐの事。それから人目も気にせず、倒れた状態の儘待っていたのだと。ただ普通に声を掛けるのではつまらない。どうせなら同情を煽る姿で上手い事交渉しようと。通用するかは別として、リュウトは恥を捨て、地べたに転がった。マスターの作る飯を食べられるならば、安いものだと思ったらしいが、マスターは最早何も言えなかった。


「開店には少し早いが……入りな」
「え、良いのかい?」
「どのみち帰るつもりも無いだろ、お前は」


此処で断れば、何処までも食い下がって来るだろう。ぱんぱんと衣服に付いた埃を払ったリュウトは、マスターの言葉を聞くと嬉しそうに笑み、同時に上手く行ったとばかりに両手を上げ、万歳の姿勢を取った。
マスターは分かり易いリュウトの反応に対し、黙って店の解錠をし、無音の店内へ彼を招き入れた。
開店前の為、店内に音楽は掛かっていない。しかし客が居る手前、音が無いのは忍びないと。マスターはカウンター内に有る音楽機器の電源を入れ、何時もの洒落た音楽を流し始める。そうして馴染みの音を聞きつつ、買って来た食材を棚や冷蔵庫へ入れると、既にカウンター席に座っているリュウトへ問いを投げ掛けた。


「それで、何を食う?」
「米が良いなぁ。腹に溜まりそうなの。肉もあれば欲しいね」


月桂樹を訪れる者達の注文は、メニューが有るにも関わらず、殆どがアバウトだ。具体的な料理名を言うのは相当律儀な輩で、今の所葬儀屋のシトリーと大学教授のユリシーズ位しか居ない。リュウトは彼等の中でも特にアバウトで、何となく食べたいと思った食材を挙げ、後は全てマスター任せだ。故に、作った後の料理に対し、文句は言えない。尤も、マスターの料理に対し、リュウトが不満を持った事は一度たりとも無いのだが。


「ところでマスター、いつもの酒はある?」
「お前以外に飲む奴は殆ど居ないからな」
「やったねえ」


飲兵衛のリュウトは、常に酒を欲する。主食は酒と言っても過言では無い。彼は四六時中酒を飲み、常にほろ酔い状態だ。酒を飲まずに過ごしている所を見た事が無い。完全に依存しているのだろう。マスターが以前彼から酒の入ったグラスを取り上げ、暫く断酒して過ごす様に言った際には、ひたすら床を転げ回り、意味の分からない言葉をひたすらブツブツと呟いていた。余りの不気味さに、マスターは半日と経たずに彼へ酒を与えた。
今日も酒が切れかけていたのか、料理の注文をしてから直ぐに、リュウトは愛飲している酒の有無をマスターに確認する。そして、『いつもの』が有る事を知ったリュウトは両手を叩き、喜んだ。
マスターは棚の中からリュウトが指定した酒の瓶を取り出し、グラスと共に彼の目の前に置いてやると、米を炊かなければならない為、料理が出来るのに少し時間が掛かる事を告げ、作業に取り掛かった。
最初に米を炊く準備をし、その後で肉の調理をする。先程仕入れたばかりの上質な肉を見せ、『お前にやるのは少し勿体無い気もするが』とぼやくと、必要な分を切って下拵えを済ませた。
調理の最中、バーの開店時間となり、暫くして常連であるニュクスが顔を見せた。相方は不在で、聞けば互いの予定が合わず、今日は一人で来たのだと言う。一番乗りで来たと思っていたが、先客であるリュウトの姿を見付けると、少々驚いた様に瞳を見開いた。


「……んだよ、お前来てたのか」
「あぁー、銀月じゃん。久し振りだねぇ」
「近頃見かけねえから、てっきりくたばったかと思ったぜ」
「ひーどいなぁ、見ての通りピンピンしてるぞ?」


ニュクスとリュウトは顔見知りだ。だが、特別仲が良い訳では無い。この月桂樹で会う機会も少なく、稀だ。会えばそれなりに言葉は交わすが、そうでなければ互いの所在を確認する事も無い。共に仕事をした事は何度か有るが、仕事中であろうと酒を手放さないリュウトに対し、ニュクスは若干の苦手意識を持っていた。実力はあれど、矢張り酔っ払いと言う所が引っ掛かる。素面の者よりも判断能力は低そうだし、何より彼はセクハラ紛いの行為を平然として来る。男の時は良いが、女の時にそれをされ、何時だったか本気で引っ叩いた事がある。


「さっき店の前で行き倒れてたのは何処のどいつだ」




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