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「はいはーい、居ますよーっと」


軽い声音で応答し、扉を開けたのは、診療所の主である青年だった。癖の強い、色素の抜けかかった金色の髪に、鮮やかな青の瞳。だぼだぼとしたズボンとシャツの上に、医者らしく、くたびれた白衣を羽織っている。年齢はニュクスやジェレマイアとそう変わらないだろう。人懐っこい笑みを浮かべているものの、その顔の左半分は醜く爛れており、見る者を驚愕させる。
本人が言うには、過去に負った火傷の痕で、左半身の殆どは『そうなって』しまっているらしい。ただ、隠すつもりは無い様で、初対面の人間がその顔を見て如何な反応を見せても笑って事情を説明する。ジェレマイアも、初めて彼と会った際、その生々しく悍ましい痕に思わず悲鳴を上げてしまったと言う。


「……って、なーんだ。ニュッくんとエリーちゃんじゃん」
「ジェレマイアです」


青年の発言に対し、ジェレマイアが即否定の言葉を返す。彼は悪気無く言っているのだろうが、どう聞いても女扱いされているとしか思えない呼称であり、呼ばれている方は非常に嫌がっている。ニュクスの方も余り呼ばれない呼び方であるが、既に慣れてしまっているのか、何も言わずに軽く会釈をするだけでその場を済ませた。


「おうキコ、約束通り来てやったぜ」
「思ったより早かったねー。取り敢えず入って入って」


青年――キコは二人の姿を確認すると、浮かべている笑みを深め、手招きと共に中へと招き入れた。
室内は外の古い見た目に反し、小ざっぱりとしていて綺麗な空間だった。入口を入って直ぐの所には待合用の長椅子が置かれており、受付となる小さなカウンターを挟んだ奥が診察用の空間で、患者の為の丸椅子と、キコが使う椅子と小さな机、それと医療器具が収まった棚、ワゴンが置かれている。医療施設である故、当然と言えば当然なのだろうが、室内は明るく隅々まで掃除されており、心地良い。少々狭い様な気もするが、彼一人で切り盛りしている事を考えればこれ位が丁度良いのかも知れない。
彼は南エリアを拠点としている、医師免許を持たない闇医者で、数年前からこの地で診療所を経営している。診察の料金は東エリアの病院へ行くよりも遥かに安く、彼の技術と人柄もあってか、通う人間は多い。ニュクスもその一人だ。


「どう?調子の方は」
「輸血のお陰で少し楽になった」
「良かったー」


室内にある丸椅子に座り、インナーを軽く引っ張る事で、ニュクスがキコに傷口を見せる。上に貼っていたガーゼとテープを剥がし、キコが覗き込むと、傷口は塞がり、瘡蓋になり始めていた。
明朝、女の吸血攻撃を受け、死にそうな顔をしながらやって来たニュクスだったが、現在は顔色良く、受け答えもしっかりしている。たっぷり輸血をした甲斐が有ったと、キコは満足気に笑った。


「傷が治るのにはもう少し掛かると思うけど、おれの所でやらなきゃならない処置ってのはもう無いよー」


ニュクスは元々治癒能力が人より優れている。その事実を知っている為か、キコはそう判断し、それでも何か有った時は直ぐに駆け込む様、ニュクスに伝える。ガーゼが外れた事で首元の違和感が無くなったニュクスは、清々したとばかりに長く息を吐き、治療をしてくれたキコに感謝した。キコが言うには、治療をしなくてもじっとしていれば治らない事も無かったそうだが、失血して気分が悪い状態で過ごす等、ただの拷問だ。


「エリーちゃんの擦り傷も大丈夫そうだね」
「だからジェレマイアですってば」


重傷だったニュクスに対し、ジェレマイアは女の糸攻撃を受けた際、その場で転倒し、手を軽く擦り剥いただけで済んだ。それでも化膿すると怖いからと、キコはニュクスと一緒にジェレマイアの診察も行った。立った儘ジェレマイアの手を見たキコは、小さなヒビが入っている瘡蓋へ『雑菌入る様な事はしないでねー』とだけ言い、ニュクス同様通院の必要が無い事を伝えた。その際、矢張り女の様に呼ばれる事に不満を持ったジェレマイアが顔を顰め、礼の前に文句を返した。


「そだ。今日はもう診察の予定無いから、お茶でも飲んでく?」


簡易な診察を終え、ついでだからと。キコが少し寛いで行く事を勧め、二人もそれに応じ、待合用の椅子へと移動する。既に外は暗くなっていたが、この後仕事が入っている訳でも無く、月桂樹へ行って適当に過ごすつもりだったので、留まる事に特に抵抗は無かった。


「ちょうど良いお茶を貰ったんだよねー。おれ一人じゃ飲み切れないから勿体なくて」


二人が自らの誘いに乗ってくれた事を確認し、キコが受付のカウンターに置いてある小型の湯沸し器の電源を入れる。予め水を入れておいた湯沸し器は、暫くしてからコトコトと音を立て、ポットの部分を温めて行った。
湯を沸かしている間に、キコはカウンター下の収納空間から小さな缶を取り出した。他のエリアで出回っているものだろうか。この辺りでは見かけない、洒落たデザインをしている。同じ場所から取り出したカップと茶漉しの器具も此処に居る野郎達には合わない、可愛らしい形だった。どちらかと言えば女子がお茶会で使う様なものだ。一体何処で手に入れたのだろうか。
後少しで湯が沸き、茶を淹れられる。そう思った所で、入口の扉が激しい音と共に叩かれた。




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