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南エリアで多くの変死体を生み出していた殺人鬼の女が捕まり、一夜明けた。
ユリシーズの逆鱗に触れた女は、彼の炎の渦により全身に軽い火傷を負い、風の刃で両手に無数の切り傷を与えられた。致命傷では無いものの、完全に治癒するには相応の時間を必要とするだろう。寧ろ、あれだけ派手な攻撃を受けながら、その程度で済んだのは幸いとも言える。静かに激昂したユリシーズに殺されると勘違いし、恐怖の余り失禁してしまっていたのは、少々居た堪れなかったが。
その後、東エリアの治安部隊の手で南エリアに引き渡された女は、二月程前より外の国からやって来た『新人』である事が判明した。聞けば、兄弟と共に王国の迫害から逃れ、中立都市に辿り着いたのだとか。異端者に対し排他的な思考を持つ王国故、筋の通った理由であると思う。尤も、異端の力よりも、それを利用し、多くの人間を平然と殺める彼女の異常性の方を咎められたと言った方が納得は行く。
当然だが、外部から中立都市に移住して来た者の多くは、各地域の特色や規律を把握していない。女が東エリアで人を殺してしまったのも、矢張り知らなかったららしい。それにより、今回の様に普段なら動く事の無いユリシーズが事件に関わる事になってしまった。
女はその後、中立都市に浸透しているルールを南エリアの治安部隊――殆ど機能していないが――の人間にみっちり教え込まれ、解放されたらしい。とは言え、動ける様になるのは大分先になるだろう。女の武器である爪は、ユリシーズが放った炎と風により、ボロボロになっているのだから。


「あれは死ぬかと思った」
「いやぁ、大変でしたね」
「お前本気でそう思ってんのか」
「それはもう。相方のピンチでしたし?」


買い物時間のピークが過ぎ、人が疎らになった商店街を歩きながら、ニュクスとジェレマイアが言葉を交わす。
女との戦闘に決着が付いた後、ニュクスは直ぐに診療所に駆け込み、治療を受けた。失血状態は酷かったが、輸血をして貰った事で体調は幾らか良くなり、許可を貰って昼前に一度自宅へ戻った。
帰宅後は真っ先にシャワーを浴び、倒れる様にベッドへ飛び込んだ。ひたすら惰眠を貪るつもりだったが、目が覚めたのはそれから数時間後。太陽が丁度西へ沈み、暗くなり始める刻だった。診療所の医者に、体の状態を確認するから今日中に戻って来いと言われていたのを思い出し、無意識で起きたのだろう。無意識とは言え、良くこの時間に起きられたものだと、自らの能力を自賛した。
そうしてジェレマイアを呼び出し、明朝に駆け込んだ診療所へ現在向かっている最中なのだが。


「でも本当にしんどそうでしたし、いっそ死んだ方が回復早かったんじゃないですか?」
「流石にそれは無ぇよ」


ニュクスのぼやきに対し、冗談のつもりで言っているジェレマイアの言葉が物騒で笑えない。普通の人間相手には先ず言えるものではない。確かに傷の深さによっては一度殺され、蘇生した方が治りが早い場合もある。今回は傷口自体小さく、大怪我と言う程のものでは無かった為、誰かに殺してくれと頼む事も無かった。慣れた事で、相方であるとは言え、簡単に死んだ方がと言って来るジェレマイアの根性にニュクスは内心嘆息した。


「そう言えばあの子、名前なんて言うんでしょうね」
「どっかで会った時に聞けば良いじゃねえか」


南エリアに居れば、何処かで再会する可能性が高い。尤も、虫嫌いなニュクスは出来る事なら二度と女と会いたくないが。地味な見た目に反し、言動は非常に個性的だったので、機会さえ有れば簡単に見付けられるだろう。彼女の行動が良くも悪くも有名になれば、自然とその名も広まる。

そんな事を話していると、商店街が終わり、周囲の雰囲気ががらりと変わった。商店街の先は、南エリアの中でも古い建物が集中する土地だ。中立都市が出来て間もない頃に建てられた家が未だ残っており、改築や増築が重ねられ、それにより出来た特徴的かつ個性的な建物が隙間なく建ち並んでいる。先の改築で老朽化を誤魔化している為か、この地域の物件の賃料は格安で、貧乏人や中立都市に来たばかりで収入のつての無い者が数多く住み着いているらしい。
細く入り組んだ道を進み、幾つか角を曲がった先に、目的の診療所は有った。周囲の建物よりも小さな二階建ての木造建築で、目印となる様な看板は無い。一応、入口である扉には診療所の名前が書かれた板が掛けられているが、かなり風化しており、今にも壊れそうだった。


「いつ見てもオンボロですね、ここ」
「引っ越す気無ぇんだろうな」


扉の隣に設置されていた呼び出し用の鈴をニュクスが鳴らし、反応を待つ。
暫くして、奥からパタパタと乾いた靴音を立てて人が走って来る音が聞こえた。




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