15

「戦闘に於いて、魔術師は接近を許すと何も出来ないと言うイメージが強い様だが。その弱点を補おうとしないのは二流だよ。咄嗟に対応出来ないのならば、事前に仕込んでおけば良い」
「……そんな簡単に言わないで欲しいんですけど」


事前に防御の為の術を仕込んだ事で、女の攻撃をその場で術を行使せずに防いだ。その事をさも当然の様に言い放つユリシーズへ、ジェレマイアが不満気な声を上げる。
魔術は自然界の精霊の力を『借りる』事で、発動する。その力は術者の身を通して放出されるのだが、決して簡単なものではない。自然界の力は偉大であり、本来ならば人間がまともに扱えるものでは無い。大衆が大々的な『儀式』を行って漸く得られる力を個人が簡略化した『術』により、半ば強引に形にしている為、異端者程では無いが術者に相応の負担を強いられる。原理を理解し、知識を深め、効率的な術式を覚えればそれだけ負担は軽減するものの、一般人が簡単に出来る程魔術の世界は甘くない。
専門的な話になるが、術を『仕込む』と言う技術は、魔術師にとってかなり高度な技術を求められる。ユリシーズは手軽に行使しているが、実際に他の魔術師で出来る者はそう居ないだろう。最強と謳われる彼だからこそ、成せるものと言っても良い。基礎中の基礎も失敗するジェレマイアには、とても出来ない。


「こ、こんのぉ……!」


目の前で余裕を見せ、ずれかけた眼鏡を直すユリシーズに、女が歯軋りをし、再び飛び掛かる。糸を放たないのは、先程の炎を見て、簡単に燃やされてしまうと思った為か。
爪を振り翳し、切り裂いてやろうとする女に対し、ユリシーズは動じる事無くその場に立っている。特に何をするでも無く、と言う様に見えたが、次には女の目の前で電撃が弾けた。
前触れも無く、突然生まれた光に女は瞳を見開き、身を引こうとするが、既に遅かった。

「きゃあああああっ!」


電撃は女に直撃し、乾いた音と共に悲鳴が上がる。余程痛かったのだろう。振り翳した手を下ろし、代わりに自らの身を抱く様にして地面に倒れ、ごろごろと転がる。やや遅れて周囲に焼け焦げた様な臭いが上がったが、女の服が燃えたのか、それとも女自身が焼けたのか、ニュクスとジェレマイアには分からない。
少しでも距離を取ろうと転がり、逃げる女へ、追い討ちを掛けんと電撃が弾ける。その攻撃は仕込みでは無く、ユリシーズが直接術を発動させた様で、右手を女の方へ向け、緩く広げているのが見れた。


「ひにゃ、あ……」


電撃が弾けた後、硬い筈の地面数か所が深く抉れていた。女の回避が間に合わなければ、如何なっていたのか、想像するだけでもぞっとする。ただ、先程の追撃のスピードは決して速いものでは無く、女に当てると言うよりは、威力を見せ付け、戦意を無くす事の方が目的の様だった。
そして、ユリシーズの狙い通り、女は今の追撃で完全に戦意を喪失した。手を付いて地面から身を起こしたは良いものの、がたがたと全身を震わせ、泣きそうな顔をし、ユリシーズを見ている。魔術と異端の力の相性が悪いのは分かり切っていた事だが、此処まで圧倒的な差を見せ付けられれば、無理も無い。


「さて、貴公に聞きたい事が有るのだが」


恐怖の余り失禁してしまうのでは無いかと思う程震える女へ、ユリシーズは緩慢な動作で歩み寄り、立った状態で見下ろす。本人は常と変わらぬペースで近付いたつもりだったが、ゆっくりと迫って来る威圧感がかえって女の恐怖を煽る。


「ううぅ、魔術師ってこれだから嫌なのよぉ」


少しでもユリシーズから離れようとへたり込んだ儘ずるずる後退るも、先程の電撃により痺れが生じている為か、殆ど動けていない。ニュクスやジェレマイアと対峙していた際の余裕は最早無く、女は情けない声で泣き言を漏らした。
女に限らず、異端者は総じて魔術師、魔法使いに弱い。それは異端の力が自然界に背くものであり、許されていない為と言われているが、実際は如何なのか解明されていない。中には魔術師と同等か、それ以上の力を見せる異端者も居るが、極めて稀な例だ。更に言えば、魔法使いに勝る力を持つ異端者は今の所存在しない。


「……こっちのなんか魔法使いだぞ」


女の泣き言に対し、ニュクスがぽそりと呟く。こっち、と言うのは今ニュクスを支えているジェレマイアの事だ。先程彼を軽くあしらった女がどんな反応を見せるのか、好奇心から出た言葉だった。首を僅かに捻り、ジェレマイアへ視線を遣れば、彼は少しむっとした様子で、顔を顰めているのが見えた。それは想定の範囲内の反応だった。
だが、ニュクスは想像以上に余計な事を言ってしまった事に、数秒経ってから気が付いた。




[ 31/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -