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いよいよ意識が失われる、そう思った瞬間、『彼』の声が聞こえた。
人の声がその人物のものだと認識するのとほぼ同時に、霞む視界で炎が舞う。暗闇を煌々と照らす炎は魔術によって生み出されたものだと、失血により鈍った頭でも直ぐに分かった。


「んー……今日はなんでこんなに邪魔が入るのかしらぁ」


炎が自らを標的にしていると気付いた女が、ニュクスの首筋から爪を引き抜き、交代する。その直後に、ニュクスの体は炎に巻かれた。
焼き殺される。そう思ったが、炎はニュクスの体に巻き付いていた糸だけを綺麗に燃やし、下に有った服や皮膚には焦げ目一つ付けなかった。それ処か、炎の熱を一切感じる事無く、ニュクスは糸の拘束から解放された。
一体何が起こったのか。体が自由になったものの、血を吸われた事で体力を消耗してしまったニュクスは、傍の壁に凭れ掛かる形で地面にずり落ちた。周囲に有った筈の糸は先程の炎で全て焼き払われたらしく、本来の路地の姿となっている。痛みの残る首を動かし、炎を放った主の存在を確かめようとその方角を見遣れば、其処にはこの仕事の依頼主であるユリシーズの姿があった。


「……何、で、ここに」
「マスターに言われてね。如何にも嫌な予感がすると……まさか、この様な事態になっているとは思わなんだが」


右手を軽く持ち上げ、未だ宙を舞う炎を拳を握る事によって霧散させ、ユリシーズは苦笑する。掠れた声でニュクスに問われれば、二人がバーを出て行った後を追う形で密かについて来たのだと、簡易に説明した。マスターが気を利かせて言ってくれたのだとは思うが、依頼主に助けられると言う状況にニュクスは如何とも言えぬ表情を浮かべた。結果的には良かったものの、心情としては複雑だ。これでは金を貰って仕事を請け負っている立場が無い。


「炎を出すのは簡単だ。だが、その儘使えば術者を含め、周囲に被害が及ぶ……如何するべきか、貴公は分からなかったのかね?」


先程のニュクスとジェレマイアのやり取りを聞いていたのだろう。ユリシーズは顔面を覆う糸が燃え、視界が戻ったジェレマイアに問いを投げかける。それまで糸を取ろうと必死になっていたジェレマイアは、あっさりと無くなった糸に驚きながらも、ユリシーズに訊ねられると困惑した様子で両眉を撓めた。


「た、助けてくれたかと思えばいきなり説教ですかぁ?」


ユリシーズからすれば、この程度の拘束と思っているのだろう。しかし糸を喰らった側は強力な粘性に苦しみ、べったりとした気持ち悪さでそれどころでは無かった。予想外の救援は有り難いが、それについての説教は聞きたくない。
取り敢えず現在死にかけているニュクスを介抱しようと、ジェレマイアがユリシーズから視線を逸らし、其方へ移動する。壁に凭れ掛かり、浅い呼吸を繰り返すニュクスに近付き、地面に崩れ落ちそうになるのを後ろから両手で支えてやった。


「バーでグラス内の水を凍らせる術をやっただろう?あれを応用したまえ。対象のみを燃やし、それ以外のものに被害を出さない為に、対象の周囲を他の属性で保護する。この場合、氷が良いだろう。だが保護する方の属性が強すぎると、守るべき対象が傷付いてしまう。放出する属性の相性と力を考えた上で、更に中和する属性の力で皮膚を傷付けない様……」


魔術によって糸を散らした原理を、ユリシーズは淡々と述べる。魔術の心得が有るジェレマイアにならば理解が出来ると思っているのだろう。だが、ジェレマイアは理解する以前に彼の説教染みた言葉を余り聞きたくなかった。ユリシーズは話が長い。簡易に纏めるのが下手なのか分からないが、その長さにジェレマイアは以前から辟易し、苦手意識を持っていた。それに、今はニュクスの状態が芳しくない。出来る事ならこの仕事を早々に終わらせ、医者に診せたい所だ。
しかし、ジェレマイアがその事をユリシーズに言おうとする前に、それまで黙っていた女が動いた。


「おにーさん、顔は良いけど話が長すぎるわぁ」


ジェレマイアが内心言いたかった事を、女は顔の評価と共に言い、両手の爪を糸にし、伸ばす。新手の登場に驚いた様子は無く、ただ面倒臭そうに女は眉間に皺を寄せた。
頭上の壁に糸を振り上げ、付着させると、先程同様にぐっと力を込め、跳躍する。綺麗な孤を描き、宙を舞う姿をジェレマイアは呆けた表情で見ていたが、女が糸を切り離し、爪を鋭利な形へ変化させている事に気付くと、周囲に風を生み出し、自らとニュクスを守る体勢に入った。
それに対し、ユリシーズはと言うとその場から動かず、空中で狙いを定めたらしい女の姿を見詰めていた。迎撃の為に魔術を発動させようとする気配は無い。余りにも無防備な様子に、女は不審に思いつつもユリシーズ目掛け一気に降下した。


「きゃんっ!?」


重力の勢いに任せ、獣の様に鋭く、研ぎ澄まされたかの様なそれをユリシーズの頭部に振り下ろす――つもりだった。
けれど女の攻撃は、ユリシーズに当たる直前で見えない『何か』に接触し、弾かれる様にして彼の横へ逸れ、落ちた。的確に狙ったつもりが奇妙な形で外れ、女は着地と同時に驚愕の声を上げる。辛うじて受け身は取れたものの、予想していなかった展開に動揺を隠せず、攻撃の対象で有ったユリシーズを凝視する。
彼の周囲には何も無い。防御する盾は勿論、代替出来る様な物体はどう見ても無い。ならば如何して女の攻撃を防いだのか。その光景を少し離れた所で見ていたニュクスとジェレマイアには、分かった。




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