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「ねーっ、凄いでしょお?わたしの力、すっごいでしょお!?」


宙を舞い、自慢げに笑いながら語る女へ、ニュクスは銃口を向ける。しかし女はそれよりも早く、トリガーに手を掛けるニュクスへ向けて片手を振るい、新たな糸を放った。


「……ッ!」


糸の動きは然程速くは無かったが、網の様に広がり、ニュクスに降り掛かる。逃れようにも、片手が拘束されてしまっている為、移動出来る距離はごく僅かだ。糸はそんなニュクスを嘲笑うかの様に彼の身へ絡み付き、強い粘性を以て動きを封じた。
顔面に付着する事は避けられたが、銃を持つ腕から胴体、髪にまで糸は付着し、その場から動けなくなってしまった。糸を振り払おうと動けば動く程粘性は増し、自由が封じられて行く。既に指先は糸が接着剤の様に指同士をくっ付けており、銃を撃つ事は完全に出来なくなっていた。


「はぁん、良いわぁ。縛られてるヒトって、すごいそそられるわぁー」


地面に降り立ち、女は糸を切り離した手を合わせ、うっとりとした表情でニュクスを見詰める。顔だけ見れば恋をする乙女のそれを思わせる様に見えなくもないが、状況が状況だ。冗談でも笑えない。


「んっふっふー。おにーさんの血、絶対美味しいと思うのよね」
「はっ……どうだかな、毒かも知れねえぜ?」
「毒だった人は一人しか知らないわ?」


寧ろ毒だった人間が居るのかと、其方の方が気になった。そして、如何な人間なのか、余裕が有れば詳細を知りたい所だ。
そんな事を考えている間に、女はニュクスの元へと歩み寄り、糸を生み出して更に抵抗を封じようとニュクスに巻き付ける。黒い衣を真白になるまで糸に巻かれ、ニュクスは完全に身動きが取れなくなった。


「それじゃ、いただきまーす」


糸を切り離し、ニュクスに手を伸ばした女がハイネックのインナーを引っ張り、隠れていた首筋を露わにさせる。
直接噛み付いて体液を吸うのかと思ったが、女はニュクスの目に見える所で徐に両手の人差し指を立て、軋んだ音と共にその先端を変形させて行った。みしみしと、耳障りな音と共に変化した指先は、錐の様に鋭く尖っており、良く見ると先端部分に穴らしきものが見える。二本の人差し指を同時に曲げ、動かす仕草は、獲物に喰らい付こうとする蜘蛛の動作を彷彿させた。恐らく、足元のものを含めた変死体の首に有った不自然な傷は、この鋭利な指を食い込ませた事によって作られたものだろう。如何程の吸引力が有るのかは分からないが、口から啜るのよりは大分効率が良さそうだ。
首を振り、暴れて逃れようとするが、拘束している糸が頑丈で満足に動けない。女は必死に抵抗するニュクスを眼鏡の下で光る瞳で見、唇の間から長い舌を出して嗤った。無駄な事だと。直接言葉にする事は無かったが、それを知らしめる様にゆったりとした動作で尖った指の先端をニュクスの首筋へ近付ける。
そうして、先端が皮膚に触れ、つぷりと音を立てながら食い込みかけた、その時だった。それまで何も無かった場に、通りに面した方から突風が吹いて来、女とニュクスの間に『割り込んだ』。


「ニュクスくん!大丈夫ですか!?」


突風の勢いに押され、女がよろめき、ニュクスから離れた。ふらり、ふらりと、風に煽られ、転びそうになるのを後方に下がりながら踏ん張る事で何とか堪えるも、明らかに自然の風でない、『魔術』か『魔法』によって作られたそれに、新手の存在を知り、舌打ちをする。折角良い所だったのに、と。女は顔を顰め、風を生み出した人物が居るであろう方向へ視線を向けた。
女とニュクスの間の距離が取れた所で、風の吹いた方向からそれを巻き起こした張本人――遠方で待機していたジェレマイアが走って来た。糸で拘束されているニュクスを見て、直ぐに壁と繋がっている糸を風の刃を生み出す事によって切断し、切り離す。
間一髪の所で助けられ、ニュクスは安堵の吐息を漏らした。危うく、己も変死体の一人となる所だった。




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