10

「無理よぉ、おにーさん。わたし今ご飯食べたばっかりだから、パーワー全開なのよ?」


ニュクスが糸を千切ろうと躍起になっているのを見て、女はけたけたと笑い、壁にしていた糸を散らして爪の先から新たな糸を作り出し、伸ばす。人を小馬鹿にした女の喋り方が癪に障る。何がパワー全開だと、言い返す前に既に置物の様になっている変死体に一度視線を遣る。干乾びてしまった遺体が言葉を紡ぐ事は無い。だがそこでまさか、と。ニュクスは眉を顰めた。
ご飯を食べて、パワー全開。ご飯、と称したモノは恐らく変死体だった人間だ。首筋のあの噛み傷らしき部分から吸い取った体液を糧とし、異端の力の源としているのか。
通常、異端者の能力は強力な分、発動させるには相応の『対価』が必要となる。如何な対価を以て異端の力を行使するかは各々で異なるが、身体的な負担が殆どだ。倦怠感、頭痛、眩暈、吐気。中には能力を酷使し、意識を失う者も居ると言う。
だが、目の前の女は異端の力を行使しても特に負担を感じている様には見えない。対価となるものは女の言ったご飯――他者から奪い取った体液で『先払い』をしているのかも知れない。
ならばその先払いしている以上の力を女に使わせれば良い。通常ならば、そう考えるだろう。ただ、女がその前に己から体液を奪ったら。余り考えたくない展開だが、今の状況を考えると十分に有り得る事案だ。


「くっそ、気持ち悪い力使いやがって……!」


皮膚だけでなく、コートの袖にも付着した糸に嫌悪感を覚えずには居られない。必死な様相のニュクスの姿が酷く滑稽だと。女は暫く楽し気に眺めていたが、やがて新たに生み出した糸を再びニュクスに放とうと腕を持ち上げた。恐らく、過去に女の餌食となった者達はこうして拘束され、逃げる事も抵抗する事も出来ぬ儘喰われてしまったのだろう。それこそ女が好きだと言う、苦悶に満ちた表情で。
今は片手にだけ糸が絡んだ状態だが、これで反対の手も拘束されてしまえばニュクスに打つ手が無くなってしまう。それだけは何としてでも避けようと。ニュクスは自由な方の手に小振りの機関銃を生み出し、銃口を女に向けながら握り締めた。


「あっはぁ、おにーさんも面白い力使うのね?……でもねえ、そんなんじゃわたしは倒せないわ」


女の反応を待たずにトリガーを引き、発砲する。規則的な音と共に女に無数の弾丸が襲い掛かるが、女は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべた儘だった。その儘行けば女は弾丸に貫かれ、蜂の巣となる所だが。
女は先程と同じ、糸で編み上げた壁をその場に作り出し、弾丸を凌ぐ。しかし、先程よりも数の多い攻撃をそれだけで防ぐ事は流石に出来ないらしい。銃撃に耐え切れず、少しずつ穴が空いて行くそれに小さな唸り声を上げ、女は更に爪の先から糸を垂らし、それを頭上の壁へ投げ放った。


「よっこい、しょっ!」


互いの真横に存在する建物の壁、その両方に糸を付着させると、女は腰を低く落とし、勢い良く地面を蹴り上げ跳躍した。普通の人間とは思えない、異様なジャンプ力だった。否、正確に言うなら、壁に付着させた糸を利用し、高く飛んだと言うべきか。
ニュクスが予想外の行動に驚き、己よりも高い位置へ飛んだ女を見上げる。放った糸は、粘性を上げるだけで無く、ゴムの様に変質させる事が出来るらしい。人間一人分の重量に耐える粘度に驚愕を隠せない。宙に舞う女と、ニュクスの視線が交わった瞬間、女はしてやったりとばかりに耳まで裂けそうな笑みを浮かべ、右手の糸を爪の先から切り離す。離れた糸はその儘べったりと壁に付着し、固まる。先程変死体の傍で見た壁のそれと同じものだった。女はこうして、必要となれば自らの糸を移動手段として用いているのか。




[ 26/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -