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女は異端者だ。如何な能力を持っているかまでは分からないが、間違いない。異端の力を以て、被害者から体液を抜き取ったのだと、ニュクスは確信した。
奇妙な話だが、異端者とされる者達は皆、それぞれが独特の雰囲気を醸し出している。異端の力を持たない魔法使いや一般人には分からないらしいが、同じ異端者であればその『匂い』を或る程度嗅ぎ取る事が出来る。同じ穴の狢、と言えば良いのだろうか。異端者がその素性を如何に隠していても、同種の者達は本人が纏う雰囲気で何となく察してしまうのだ。
ニュクスは女の賛辞を適当に聞き流し、彼女へ向けている銃口の位置を僅かにずらした。頭部から、面積が広く狙いやすい胴体へ。現在持っている銃は小さく、連射が出来ないが、高い壁に挟まれた狭い空間では他の銃は使い辛い。幸い、と言うべきか、敵となる相手は一人だけ。確実に当てる為にも、狙いは予め定めておいた方が良い。


「それでね、そういう綺麗な人が怖がったり泣いちゃったり、苦しんだりするのを見るのは、もーっと好きなの」


銃口を向けられているにも関わらず、女は怯む様子も無く、大仰な動作で楽し気に語る。下手に動けば、先に撃ち抜かれるのは目に見えているのに、何を考えているのか。
奇怪な女の言葉の裏に、何か有るのかも知れないと。女の出方を伺っていたニュクスは、其処で女の手の指の変化に気付いた。細く、骨張った指先に、糸らしきものが付いている。否、付いていると言うよりは、生えていると言うべきか。
暗がりに慣れて来た目で凝視し、やがてそれが真っ白な糸である事を知った。一本一本は髪の様に細いが、それらが束になり、毛糸の様に太い糸を形成している。指先から如何して生やしているのだろうかと、疑問に思った所で、女の爪そのものが糸となり、伸びているのに気が付いた。
音も無く長くなっていくそれに注がれるニュクスの視線に気付いたのだろう。女の笑みが更に深く、不気味なものとなる。異端者の能力に対し、初見で驚くのは良く有る事だ。ただ、今回に限っては、ニュクスは生理的な嫌悪を感じ、その所為で思考が一瞬、鈍った。


「だからぁ」


女が不気味な程腰を低く落とし、糸の垂れる腕を引く。直ぐに其処で発砲すれば良かったのに、ニュクスの体は硬直し、指先が思い通りに動かない。嗚呼、これは非常にまずいと。そう思った時には遅かった。


「大人しくわたしに捕まりなさいっ!」


一変した口調に気を取られる間も無く、女の手から糸が放たれる。本体から離れた糸は鞭の様にしなり、ニュクスを捕らえようと襲い掛かった。
飛んで来るそれを避けようと地を蹴って後方に飛ぶも、糸の射程は思っていたよりも長く、銃身を握る片手に先端が絡み付く。見た目の通り、粘性が有り、べったりと手の皮膚と服に付着した糸に全身の血が粟立った。ただでさえ、古い屋敷等で良く見かける蜘蛛の巣が苦手なのに、それよりも遥かに太く、大きいのだ。嫌悪以外に何を感じろと言うのだろうか。
気色悪さを払拭しようと反対の手に持つ銃を発砲し、当てようとするも、ニュクスの行動を読んだ女は眼前で素早く手を交差する様に動かし、糸同士を絡める。粘性だけでなく、強度も強い糸は、その場で即席の防弾幕となり、女を狙う銃弾を受け止めた。


「っちぃ!」


自慢の銃弾を防がれた事に、ニュクスは思わず舌打ちをした。現在使用している銃器は小さいが、人間を相手にするなら十分な性能だ。壁を撃ち抜く事は出来ずとも、それなりに威力が有る。
それを一見薄く見える糸が難なく防御し、銃弾を無力化させたのだから、気に入らない。力でごり押しするべきかと、両手に持つ銃を霧散させ、何時も愛用している機関銃を出そうとして、動きが止まった。
糸に絡め取られた手が、動かない。手に絡んでいる糸は、良く見ると直ぐ傍の壁にも付着し、鎖の様にニュクスの体と壁を繋いでしまっている。咄嗟に引き千切ろうと力を込めるが、僅かに伸びるだけでびくともしない。




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