8

女に背を向けた直後。ニュクスは先程深く考えられなかった『違和感』が気のせいでは無かった事を知った。
ぽつり、と小さな声で呟かれた言葉。それは後ろに立つ女が紡いだもので間違いなかったが、先程の女のものよりも低く、鋭く、悪意に満ちていた。
背筋に悪寒が走り、反射的に霧散させた銃を再び手に握り、振り向いて発砲する。或る程度距離が取れている相手ならば威嚇程度で済ませるが、今の状況でその様な真似をすれば逆に危険だと、そう判断しての行動だった。


「えーっ、何でわかっちゃったのぉー?」


放った弾丸が当たったか否かを確認するよりも早く、反対の手にも銃を握り、再び発砲しようとトリガーに手を掛けた所で、止める。
振り返った先に立っていた女は、その場から動かずに上体を仰け反らせるだけで今の銃撃を避けた様だった。ただ、女の上半身は仰け反り過ぎてニュクスからは殆ど見えない。普通の人間がそれだけ後方に身を傾ければ倒れてしまうと思うが、女はバランス感覚が良いのか、弓なりの体勢を崩さずに言葉を発した。
此方の攻撃を読んでいたのだろうか。それにしても凄い姿勢で自身の攻撃を避けたものだと。ニュクスは女に対し、僅かな感心と得体の知れない恐怖を感じた。


「ねえ、おにーさん、何で?どうして?」


大仰な動作で女が上体を起こし、かくりと首を傾げてニュクスを見る。特徴的な八の字の眉は変わらないが、その下の双眸は狂気と喜悦に満ち、獲物を見付けた捕食者の様に爛々と光っていた。それだけでも十分恐ろしいが、口元も耳まで裂けるのでは無いかと言う程に大きな孤を描き、犬歯が剥き出しになっている。見た目と、動作と、発せられる言葉から、深く考えずとも女の異常性が汲み取れた。もしかしたら――否、もしかしなくても、この女は。


「相手をビビらせるつもりか知らねえけど、寧ろそれで気付かねえと思ったのかよ」
「えーっ、他の人はほいほい騙されちゃってたのにー」


反応が遅ければ、向こうから仕掛けて来るつもりだったのだろう。歪な笑みが気持ち悪い。女は一見丸腰だが、何処に何を仕込んでいるか分からない。エプロン、スカート、その辺りが怪しいが、ニュクスと同じ異端者であれば、目に見える武器を持ち歩いているとも限らない。


「他の人、なぁ?そこの奴もテメエの仕業か?」


警戒を解かず、ニュクスは持っている銃の銃口で女の足元にある死体を指し、訊ねる。すると、女は両手でピースをし、品の無い声でけたけたと笑いながら頷いた。


「んふふ、あったりー。すっごく足が速くて捕まえるの大変だったんだから。さいごは泣きながら命乞いされたけどー。お腹空いてたからそのまま食べちゃった」


嗚呼、矢張りそうだったか。
死体を発見し、暫くするまで此方に存在を気付かせず、更に自ら出て油断させ、隙を伺う。今までの女の一連の行動に納得し、ニュクスは僅かに口角を上げた。死体に対して女が何のリアクションも見せなかった時点で、既におかしかったのだ。どうしてそれに気付けなかったのか。『蘇生』し、目覚めてから未だ寝惚けているのだろうか。内心自嘲するも、直ぐに思考を切り替え、女の様子を伺う。
女は変死体を作り出している犯人であると自供した。其処までは良い。だが、どうやって全身の体液を抜き取ったのだろうか。確かに唇の間から見える犬歯は尖っているが、それで傷口を作る説明が出来たとして、女自身がその身で全て啜ったと言うのか。幾ら何でも無理が有る。吸血鬼が実在するならば、話は別だろうが、女からはその様な雰囲気は感じられない。
だとすれば、答えは一つしかない。


「わたしね、綺麗な人が大好きなの。おにーさんみたいな人は特に」
「ああ、そうかよ」



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