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「きゃあああぁっ!」
「……っ!?」


気配の正体を探ろうとするよりも先に、暗闇から悲鳴が上がった。予想していなかった甲高い声に驚き、ニュクスは構えた手を一瞬下げそうになるも、油断は出来ないと、銃口を其方へ向けた儘少しずつ近付き、様子を伺う。


「あ、あぁ……」


一歩一歩、変死体に近付く形で前へ進んで行くと、暗闇の中で座り込む女の姿が見えた。恐らく今の悲鳴の主であろう。距離が縮まって行くにつれ、その姿が徐々に明確になって行く。
亜麻色のおさげ髪、地味な色のワンピースに、真っ黒なエプロン。大きな二重の目に、八の字に撓んだ太めの眉。そしてその顔の半分近くを占める丸眼鏡は野暮ったく、幼い印象を与える。歳は10代後半と言った所か。


「た、助けてくださいっ!追われてるんです!」
「は……?」


座り込んでいた女はニュクスを見るなり、這う様にして近付き、縋り付いて来た。上擦った声と震える手から、随分と動揺しているのが分かった。だが、ニュクスは女の行動に何故だか妙な違和感を覚えた。


「向こうの通りをあ、歩いてたら、変な人に襲われて……!そ、それで、逃げて来たんです、けどまだ、まだっ……!」
「おい、落ち着け、どう言う事だ」


けれど違和感の正体について考える前に女が矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、ニュクスの思考は中途半端な所で遮られた。
取り敢えず女を落ち着かせようと、構えていた銃を下ろしながら霧散させ、ニュクスは女の手を自身から引き剥がし、訊ねた。新たな変死体を見付け、此方も驚いている最中だと言うのに。急な事態の変化に、頭の中の情報処理が追い付かない。
此処は東エリアで、最後に変死体が発見された場所から程近い所だ。事件の詳細が公になっていないとはいえ、近隣の住民には何が起こったのか、多少は知れ渡っている筈だ。そんな中で夜中に出歩く等、襲ってくれと言っている様なものだ。ましてや、若い女が一人でともなれば、犯人に襲われても何も文句は言えない。女はそれを分かっているのだろうか。
尤も、少女の見た目はお世辞にも美しいとは言えず、どちらかと言えば地味で、ニュクス達が現在追っている殺人犯の標的からは外れそうではあったが。女が言う変な人と言うのが、その犯人である可能性はゼロとは言えず、ニュクスは女を見下ろした体勢の儘、周囲の気配を探った。


「……、近くには居ねえ様だな」


自分と、女。それ以外の気配は感じられず、しんとした空間にニュクスは溜息混じりに言い、女の頭を撫でる。女は暫く震えていたが、脅威となる存在が近くに居ない事を理解し、少しずつ乱れていた呼吸を落ち着かせて行った。


「ご、ごめんなさい……わたし、動揺しちゃって……」
「こんな夜に一人で出歩くとか馬鹿だろ。同伴者付けてやるから、さっさと帰んな」


仕事の最中ではあるが、この儘女を放置して、殺人犯に殺されてしまっても困る。女が何故出歩いていたかは分からないが、此処は自分達で安全な所まで送り届けてから調査を再開させた方が良い。
囮として動いているニュクスでは危険な為、離れた場所で控えているジェレマイアに彼女を任せようと。ニュクスは死体は一先ずその場に残して、女について来る様目配せをし、先程の広い路地へ戻ろうと歩き出す。

しかし。


「……おにーさん、綺麗ね」




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