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ユリシーズからの依頼を受けた――基強制的に請け負わされた――ニュクスとジェレマイアは、最後に変死体が発見された場所から程近い、東エリアの外れにやって来た。
閑静な住宅街、と言えば聞こえは良いものの、少し先に行けば治安の悪い南エリアになる為か、どの家も戸締りを厳重にしており、不気味な程静まり返っている。例の変死体が発見されたのも有ってか、路地に人の姿は無く、家の中に居る者も殺人犯を警戒し、息を潜めている様だった。
路地に設置されている、外灯が頼りない光で石畳の地面を照らす中、囮役となったニュクスが一人で歩く。そして、彼の行動が見える距離を保った状態で、ジェレマイアが建物の上からその様子を伺う。ニュクスに何か有れば直ぐに支援出来る様にする為だが、今の所これと言った異変は無い。


「……どうしろってんだか」


正直、変死体の犯人が簡単に見付かるとは思っていない。情報が余りにも不足しているのだ。南エリアでの殺人事件は日常茶飯事である為、余程の事が無ければ深い調査は行われない。東エリアの方に関しては、公にするのを避けたいと言っていたが、警察機構が何処まで動いているのか全く分からない。防犯用に設置している撮影機の映像でも有れば少しは情報が得られそうだが、映っているかも分からないし、仮に映っていても保守的な東エリアの堅物達が簡単に見せてくれるとは思えない。
最悪、今夜は何の手掛かりも無く終わってしまうかも知れない。ユリシーズの話を聞いていると、実は犯人は吸血鬼や妖怪といった、架空の生き物なのでは無いかという考えすら抱いてしまう。
そんな心の内で燻る思いに眉を寄せ、指先で自身の頭を幾度も叩きながら、ニュクスは突き当りの角を右に曲がった。


「……――……」


曲がった先はそれまで歩いていた路地よりも狭い、細い道だった。外灯は無くなり、奥の方は真っ暗で何も見えない。視認出来る距離は数メートル程だろうか。しかし、その見える範囲に有った『それ』に、ニュクスは思わず歩みを止めた。
建物の壁に添う形で、人が倒れていた。体格からして若い男だろう。仰向けの状態で、更にニュクスの方に頭が向いている。少し離れているが、ニュクスが立っている位置からでも辛うじて顔を見る事が出来た。水分を失い、干乾びた――ミイラの様な顔。皮膚が萎れ、窪みがはっきりと分かる眼窩に収まる瞳は瞬きもせず虚空を見詰めている。
生きているのか、否か。確認するまでも無かった。枯れ果てた変死体。ただ、その身形から察するに彼は東エリアの住民では無く、南エリアで暮らすならず者だろう。何故此処でこうなってしまったのかは、分からないが。
此処で殺されてから如何程時間が経過しているのか。死体の状況を確かめようと、足を一歩踏み出した所でニュクスは再び動きを止めた。干物の様な姿に気を取られていたが、良く見れば、腕や足に繊維の様な物体が絡み付いている。ユリシーズの言っていた、『蜘蛛の糸』だろうか。更に目を凝らし、周辺を見れば、死体だけでなく、直ぐ傍の壁にも付着していた。
直接その糸に触れて調べてみようかとも思ったが、脳裏に巨大な蜘蛛が蠢く姿が過ぎり、手が伸びる事は無かった。如何にも、手足が六本以上有る生き物は苦手だ。怖いと言う訳では無い。生理的に受け付けないのだ。見た目も、動きも、生態も。何もかもが不可解かつ不気味で、触れる事は勿論、可能であれば視界に入れたくない。

取り敢えず新たな変死体が見付かった事をジェレマイアに報告しようと踵を返した瞬間。ニュクスは背後の暗闇に人の気配を感じ、反射的に片手に拳銃を生み出し、振り向き様に構えた。




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